火の柱
少年たちはみんな生きた心地もないのですが、中にもさとりの早い哲雄君は、ある恐しいことを考えて、身の毛もよだつ思いをしていました。
哲雄君は何かの本で読んだ「地底の噴火山」ということを思いうかべていたのです。
地球の真中には、鉄も石もどろどろにとけた、火のかたまりがあって、それが地面の弱い所をつき破って吹きだすのが噴火山ですが、そういう火山は、地面の上ばかりにあるとはきまっていません。地の底の洞穴の中にだってないとはかぎらぬのです。
「もしかしたら、ここにその地底の火山が吹きだしているんじゃないかしら」
哲雄君はそう考えたのです。そして、もう命はないものと覚悟をきめていました。
少年たちは三人とも、さいぜんから、熱さにたえられなくて、皆まっぱだかになっていました。それでも、まだ熱くてたまらないのです。
顔にも、背中にも、腹にも、たらたらと汗が流れて、その汗が見る見るかわいて行きます。
三人は口々に何かさけんで、筏の上に身もだえしていますが、その声も、例のあやしい物音に消されて、よくは聞きとれません。
やがて、洞穴のまがり角にさしかかり、筏はすばらしい勢で、大きな岩角を通りすぎました。そして、それと同時に、少年たちの口から、悲鳴がほとばしったのです。
おお、ごらんなさい。今や、あの真赤な光るものの正体が、まざまざと少年たちの目の前に、姿をあらわしたのです。
洞穴はそこで、汽車のトンネルの十倍もあるかと思われる広さになっていましたが、その五六十メートルむこうの水面の真唯中から、高い岩の天井にむかって、目もくらむばかりの火の柱が立ちのぼっていたのです。それは、哲雄君が想像したとおり、地の底の噴火口だったのです。
火の柱そのものは、赤いというよりは、白く見えました。白熱の光です。水面から吹きだしたところでは、四五十センチの太さですが、上の方ほどひろがって、二十メートルもある岩の天井にぶっつかると、まるで噴水のようにパッと四方にひらき、光の粉となって下におちて来るのです。
少年たちはあまりのこわさに、もう気を失わんばかりでしたから、何を考えるひまもなかったのですが、もしその火の柱に危険がないものとすれば、世にこれほど美しい景色は、またとないといってもよかったでしょう。
それは真の闇の地下道の中に、とつぜんおこった花火です。いや、花火の何十倍も大きな焔の花びらです。ほんとうに、その火の柱が天井にあたってくだけているありさまは、一つの大きな百合の花のように見えたことです。
夢に見たこともない美しい景色、そして、それは又、夢に見たこともない恐しい景色でした。
筏は刻一刻その噴火口へ近づいて行きます。近づくにしたがって、ものすごい焔の花は、見る見る大きくなって、三人の目の前は、ただもう白熱の光で一ぱいになってしまいました。
保君と哲雄君は、気絶しないのがやっとでした。ただ筏の材木にしがみついて、うつぶせになったまま、死んだように身動きもしないでいます。
その中で、ただ一人、物を考える力をもっていたのは一郎君です。三人のうちで一番胆力のあるのは一郎君です。
「君たち、しっかりするんだ! まだ助かる見込があるよ。筏を出来るだけ隅の方へ流せば……」
しかし、その声も二人の耳には通じぬのか、なんの返事もありません。
「よし、僕がやって見せるぞ」
一郎君は声をふりしぼって叫ぶと、いきなり筏の上に仁王立になりました。子供ながら、それは見るも恐しい形相でした。兵隊さんが敵の中へおどりこむ時には、きっとこんなだろうと思われるような、ものすごい形相でした。
無理もありません。一郎君は今、死の瀬戸ぎわに立って、三人の命を救おうとしているのです。からだに残っている力を使いつくしても、自分一人の腕で、この大危難をのがれて見せようと決心したのです。
一郎君は、筏の一方につんであった、食料を入れた木の箱のところへとんで行きました。そして、その箱の蓋の板を両手につかむと、そのまま筏のはじに坐って、満身の力をこめて、湯のように熱い水を掻きはじめました。
いくら水を掻いたところで、むろん、筏をもどすことは出来ません。その場所にとめることも出来ません。流はそれほど急なのです。でも、死にもの狂いになれば、筏の流れる方角を、すこしかえるぐらいは出来るはずです。一郎君はそれを思いついたのです。板で水を掻いて、筏が出来るだけ火の柱からはなれた隅の方を流れるようにすれば、万に一つも助かるかも知れないと考えたのです。
ゴウゴウという噴火の音は、まるで雷のようにひびいています。しかし、一郎君にはもうその音さえ聞えませんでした。熱さはだんだんに高まり、今では燃えさかる火の中へ飛びこんだような苦しさです。しかし、一郎君はその熱ささえも感じませんでした。
目の前には、ただ一枚の板が、――三人の命の板ともいえる一枚の板があるばかりです。一郎君の二本の腕は、まるで鉄でつくった機械のように、その板で水を掻きつづけました。もう人間わざとは考えられません。一郎少年のからだには、何かが乗り移っているようです。
おお、ごらんなさい。非常な早さで流されている筏が、少しずつ少しずつ洞窟の左側へ向きをかえて行くではありませんか。うまいうまい、この調子なら、筏が火の柱を通りすぎる時には、洞窟のすみの一番安全な所を流れるにちがいありません。ああ、少年たちは助るかも知れません。
一郎君は何も見えませんでした。ただもう機械のように板を動かしていました。しかし、筏は火の柱から十メートルほどにせまっていたのです。
その時、かわいそうなことが起りました。
例の眼鏡猿と鸚鵡とは、いつの間にか、抱かれていた保君の手をはなれていたのですが、怖わさのあまり、けたたましい鳴声を立てて、死にもの狂いに飛びまわるものですから、とうとう二匹とも、くくってあった紐がとけてしまったのです。
紐がとけると同時に、眼鏡猿は流の中へ身をおどらせ、鸚鵡はパッとまいあがって、何と思ったのか、火の柱を目がけてとびこんでいったのです。それがあわれな二匹の最期でした。
一郎君は、そんな出来事さえ知りませんでした。ただ耳も聾するゴウゴウという物音と、目もくらむばかりの白熱の光の中で、両手ににぎった板ばかりを見つめていたのです。腕がちぎれるまでも、その板を動かしつづけようと、夢中になっていたのです。
一郎君の手のひらからは、血が流れ出しました。それでも水を掻くことをやめようとはしません。両腕が棒のようになって、動いているのかどうか、自分でもわからなくなって来ました。それでも、板をはなそうとはしません。
ゴウゴウという噴火の音は、この世の終かと思われるほど、恐しいひびきになって来ました。白熱の光は、一郎君の両眼を焼きつくすほどのはげしさです。
「ああ、今、火の柱を通りすぎるんだな」
一郎君はそれをハッキリと感じました。その瞬間、とうとう最後の力を使いつくしたのか、ガックリと筏のすみにうずくまってしまいました。今まで水を掻いていた板は、一郎君の手をはなれて、わきかえる流の中へまきこまれて行きます。
哲雄君も、保君も、筏の上にうつぶせになったまま、とっくに気を失っていました。そして、最後まで戦った一郎君も、とうとう倒れてしまったのです。