恐ろしい魔法
「あたし、人形になるの、いやだわ。」
ルミちゃんは、ふるえ声で答えました。
「いやかね? だが、もうじき人形になりたくなるかもしれないよ。あちらへいって、このおねえさま人形と遊んでくるがいい。さあ、紅子、ルミちゃんをおまえの部屋へつれていってあげなさい。」
おねえさま人形は、紅子という名でした。
そこで紅子さんは、おじいさんにいわれたとおり、ルミちゃんの手をひいて、じぶんの部屋へつれていきました。
そこは、鏡台や、美しいたんすや、ガラス箱にはいったお人形などの飾ってある、きれいな部屋でした。ここも、窓に黒いカーテンがかけてあって、机の上のしょく台に、ろうそくの火がちろちろとゆれていました。
紅子さんは、ルミちゃんをすわらせ、じぶんも、そのそばにすわり、やさしい顔で、じっとルミちゃんを見つめるのでした。
「おねえさまはほんとうに人形なの? そうじゃないでしょう。生きているんでしょう?」
ルミちゃんは、さっきからふしぎでたまらなかったので、まずそのことをたずねてみました。
「ええ、生きているの。でも、半分しか生きていないのよ。そして、もうじき、あとの半分も死んでしまって、ほんとうのお人形になるの。」
紅子さんは、なんだかわけのわからないことをいいました。ルミちゃんは、びっくりして、まじまじと紅子さんの顔を見つめるばかりです。
「ほほほほほ……。わたしのいいかたが悪かったわね。でも、半分生きているというのはほんとうなのよ。おじいさんがそばにいないのだから、わたしの声が、おじいさんの腹話術でないことはわかるでしょう。それから、わたしが歩くのも、からだを動かすのも、機械じかけではなくって、わたしがじぶんで動かしているのよ。」
「じゃあ、おねえさまは生きているのだわ。どうして、半分死んでいるなんていうの?」
「ではね、ルミちゃんによくわかるように、わたしの身のうえ話をしましょうか。」
「ええ。」
ルミちゃんは目をかがやかせて、じっと紅子さんの美しい顔を見つめました。
「わたし、ここのおじいさんは、ずっとまえから知っていたのよ。でも、ここへきたのは、つい二週間ぐらいまえなの。なぜわたしがこの家へきたかといいますとね、あるとき、おじいさんがわたしの顔をつくづくながめて、『紅子さんは、いまが、一生のうちでいちばん美しいときだよ。』というの。わたしは、じぶんでもなんだかそんなふうに思っていたので、『年をとりたくない。いまのままで年をとらないでいたいわ。』と、ひとりごとのようにいったのです。すると、おじいさんが、へんな笑いかたをして、『年をとらないくふうがあるよ。』というじゃありませんか。『では、どうすればいいの。』ときくと、『わたしのうちへおいで。いまの美しさのまま、しょうがい年をとらないようにしてあげる。わしは魔法つかいだからね。』というのよ。そのとき、わたし、魔法をかけられてもかまわないから、一生美しくいたいと思ったのよ。そして、おじいさんの口ぐるまにのって、とうとうこんなことになってしまったのよ。」
こんなことって、どういうことなのでしょう、ルミちゃんには、まださっぱり、わけがわかりません。
「おじいさんはね、魔法つかいのような発明家なのよ。ふしぎな薬を発明したのよ。その薬を注射すると、人間のからだが、だんだんかたくなっていって、人形になってしまうのよ。ルミちゃん、わかる? わたし、その薬で、もう半分ぐらい人形になってしまっているのよ。ほら、ここをさわってごらんなさい。」
紅子さんが両手を前に出したので、ルミちゃんは、それにさわってみました。おやっ、なんてかたくて、すべっこい手でしょう。それに、このつめたさはどうでしょう。土の上にごふんをぬって、みがきをかけたお人形のはだと、そっくりではありませんか。ルミちゃんは、ハッと手をひいて、なんともいえないへんな気持になって、思わず涙ぐんでしまいました。
「さあ、こんどはここへ、さわってごらんなさい。」
紅子さんが、美しい顔をルミちゃんに近よせて、右のほおを出しましたので、ルミちゃんは、またそのほおにさわってみました。手と同じように、つめたくて、かたくて、すべっこいのです。生きた人間のはだではありません。
「わかって? こんなふうに、外がわから、だんだんかたまっていって、しまいには、おなかの中までこちこちになって、そして、もう息もできなければ、ものをいうことも、できなくなってしまうのよ。つまり、人間が人形にかわるのよ。そのかわりに、わたしの若さと美しさは、永久に、すこしもおとろえないで残るのだわ。人間は、どうせいつかは死ぬんでしょう? それに、わたし、長生きして、しわくちゃのおばあさんなんかになりたくないわ。たとえ人形になってしまっても、いまの若さでいたいのよ。ルミちゃんはまだ小さいから、そういう気持はわからないでしょうね。」
ルミちゃんは、くいいるように紅子さんの顔を見つめて、ふしぎな話を聞いていました。ルミちゃんにだって、紅子さんの気持が、まったくわからないわけではありません。しかし、うすうすその気持がわかるだけに、かえって恐ろしくなってくるのでした。
ルミちゃんは、こわい夢をみているのではないかと思いました。胸の中に、つめたい風が吹いているような感じがして、目には、涙があふれてくるのです。
そのとき、うしろにかすかな音がしたので、ルミちゃんは、ギョッとしてふりむきました。すると、いつのまにはいってきたのか、そこに、あの魔法つかいのおじいさんが、うす気味わるく、にやにや笑って立っていました。
「ルミちゃんも、おねえさまのように、人形になりたいとは思わないかね。ルミちゃんが人形になったら、どんなにかわいいだろうね。」
ルミちゃんは、それを聞くと、ゾーッとして、いきなりいすから立ちあがりました。
「いやよ。あたし、人形になんかになるのいやだわ。」
そう叫んで、部屋から逃げだそうとしました。
「おっと、どっこい。逃げようたって、もうだめだよ。さあ、おとなしくしておいで。いまに、かわいい、かわいいお人形さんにしてあげるからね。」
魔法つかいのおじいさんは、ルミちゃんのからだを、しっかりだきとめて、耳のそばに口をよせて、恐ろしいことをささやきつづけるのでした。