ルミちゃん人形
赤坂見附に近いルミちゃんの家では、ルミちゃんが夜になっても帰らないので、大さわぎになっていました。
ルミちゃんのおとうさんの甲野光雄さんは、ある大きな会社の重役で、たいへんお金持ちでした。ルミちゃんは、その甲野さんのひとりっ子ですから、おとうさんやおかあさんの心配は、ひととおりではありません。
学校や、お友だちのうちや、ほうぼうへ電話をかけたり、つかいを出したりして、ルミちゃんのゆくえをさがしましたが、やがて、お友だちの宮本ミドリちゃんが、公園でルミちゃんとわかれたこと、そのときルミちゃんは、白ひげの人形つかいのおじいさんと話をしていたから、あのおじいさんの家へつれていかれたのではないか、ということなどがわかりました。
ミドリちゃんはまた、おじいさんが、「わたしは青山に住んでいる黒沢というものですよ。」といったあのことばも、ちゃんとおぼえていました。
甲野さんは、すぐにこのことを警察に知らせましたので、警察では、青山の黒沢というおじいさんを探しましたが、そういう白ひげのおじいさんは、どうしても見つけることができませんでした。
あのおじいさんは、名まえも住まいも、でたらめのうそをいったのにちがいありません。しかたがないので、警察では、おじいさんが人形をだいてベンチにこしかけていたという公園のまわりの店屋などを、一軒一軒しらべましたが、これという聞きこみもないままに、一日二日と日がたっていきました。
ルミちゃんのおとうさんやおかあさんの心配は、ひととおりではありません。おとうさんの甲野さんは、会社も休んでしまって、新聞に「たずね人」の広告を出したり、毎日警察へ出かけて、捜索のようすをたずねたり、ルミちゃんをさがしだすために夢中になっていました。おかあさんは、神社におまいりして、「どうかルミちゃんがぶじでいますように。」とおいのりしたり、うらないにみてもらったり、すこしも家にじっとしてはいられないのでした。
そんなふうにして、ルミちゃんがいなくなった日から、もう十日もたってしまいました。その十日めの午後のことです。甲野さんの家へ大きな荷物が配達されました。郵便ではなくて、運送屋がトラックにつんで持ってきたのです。
それは、りんご箱をひとまわり大きくしたような、長さ一メートル半ばかりの長っぽそい木の箱を、こもでつつんだものでした。
さしだし人の名はありませんが、あて名はたしかに甲野光雄さまとなっており、住所もまちがいないので、ともかく受けとりました。
甲野さんの家の女中さんたちが、こもをといてみますと、中は白い木の箱で、そのおもてに、毛筆の大きな字で、
甲野ルミの棺
と書いてあるではありませんか。
女中さんたちは、ギョッとして顔を見あわせました。そして、あわててこのことを奥へ知らせたのです。
それを聞くと、ルミちゃんのおとうさんとおかあさんは、びっくりして玄関へとびだしてきましたが、「甲野ルミの棺」と書いた木箱を見ると、ふたりともハッとして、まっさおになってしまいました。おかあさんは、もう涙ぐんでいます。
ふたりとも、箱をあけるのが恐ろしいので、いつまでも、だまってつっ立っていました。でも、そうしていてもしかたがないので、おとうさんの甲野さんは、思いきって箱をあけてみることにし、金づちや釘ぬきを持ってこさせました。
箱のふたは、釘でうちつけてありましたが、金づちの柄でこじあけると、すぐにひらきました。そして、いつでもふたがとれるようになっても、それをとりのけて中を見るのが恐ろしいのです。
甲野さんは、まだしばらくためらっていましたが、とうとう決心して、サッとふたをとりました。
ああ、やっぱりそうでした。箱の中には、ルミちゃんが横たわっていました。学校へいったままの服装です。
おかあさんは、そのルミちゃんのからだに取りすがって泣きふしました。女中さんたちのあいだに、「ワーッ。」という泣き声がおこりました。
甲野さんも、目にいっぱい涙を浮かべて、泣きふしているおかあさんをしずかにひき起こし、箱の中のルミちゃんの姿を、じっと見つめました。
ああ、これがルミちゃんの死がいなのでしょうか。かわいらしい黒い目を、ぱっちりと、見ひらいています。顔も青ざめてはいないで、うっすらと赤みがさし、いまにも笑いだしそうな明るい表情です。
甲野さんは、ふしぎそうに首をかしげて、ルミちゃんのからだを、あちこちと、しらべてみました。殺されたとすれば、どこかにきずがあるだろうと思ったからです。
しかし、いくらさがしても、きずあとなんか一つも見あたりません。それに、ルミちゃんのからだのようすが、どうもへんなのです。ルミちゃんは、こんなに軽かったでしょうか。生きていたときの半分もめかたがないように思われます。
それに、顔も手も足も、なんだかこちこちして、いやにかたいのです。いくら死がいだって、こんなにかたくなるはずがありません。甲野さんは、指のつめでルミちゃんの顔をたたいてみました。すると、こつこつと音がするではありませんか。
「あっ、これは人形だよ。泣くことなんかありゃしない。だれかが、ルミちゃんとそっくりの人形を送ってきたんだよ。」
甲野さんにいわれるまでもなく、もうそのときは、おかあさんも、人形だということを気づいていました。
女中さんたちは、
「あらまあ、お人形さんでしたの?」
「棺なんて書いてあるもんだから、すっかりだまされちゃった。」
「でも、この人形、なんてルミちゃんによくにているんでしょう。かわいいわね。」
などと、にわかに明るい声をたてるのでした。
甲野さんは腕ぐみをして、じっと考えこんでいました。
これはいったい、どういういみなのでしょう。なんのために、ルミちゃんとそっくりの人形を送ってきたのでしょう。これはなにか、深いわけがあるのではないでしょうか。
そのときおかあさんは、なにかに気づいて、ハッとしたように甲野さんの顔を見あげました。
「ねえ、あなた。この洋服は、たしかにルミちゃんのですわ。ここに、かぎざきをなおしたあとがあるでしょう。これは、わたしがじぶんでなおしてやったのですもの、よくおぼえてますわ。」
すると、人形のからだに、ルミちゃんの洋服が着せてあるのでしょうか。いったい、どうしてそんなことをしたのでしょう。あるいは、ルミちゃんは、洋服をぬがされ、はだかにされて、どこかに閉じこめられているのではないでしょうか。
おかあさんは、まっ暗なつめたい部屋に、はだかのルミちゃんがころがされている姿が、まざまざと目の前に浮かんでくるようで、もう気が気ではありません。ルミちゃんがかわいそうで、またしても、目にいっぱい涙があふれてくるのでした。
甲野さんもおかあさんも、そこまでは気がつきませんでしたが、読者のみなさんは、知っていますね。箱の中に横たわっていたのは、ほんとうに人形だったのでしょうか? もしかしたら、あの魔法つかいのおじいさんが、ルミちゃんを人形にしてしまったのではないでしょうか?
おねえさま人形の紅子さんは、だんだん、からだがかたくなっていって、しまいには、ほんとうのお人形になってしまうのだといいました。それと同じことが、ルミちゃんのからだにも、おこったのではないでしょうか。
おとうさんとおかあさんは、ともかくも、ルミちゃん人形のはいった箱を奥ざしきにはこばせて、その前にすわって、心配そうに顔を見あわせながら考えこんでいました。
するとそのとき、隣の部屋にある電話のベルが、けたたましくなりひびいたので、甲野さんが受話器を耳にあてました。
おかあさんがこちらから見ていますと、受話器をとった甲野さんの顔がサッと青ざめ、ギョッとしたように目が大きく見ひらかれるのが、よくわかりました。
「き、きみは、いったい、だれだっ?」
甲野さんが、どもりながらどなりつけました。受話器を持つ手が、ぶるぶるふるえています。