おばけやしき
小林少年は事務所に帰ると、木の宮運送店の住所をしらべ、電話で明智探偵のおとなの助手を呼んで、その店をしらべてもらうことにしました。
なぜ、おとなの助手を呼んだかといいますと、こういうことは、警察の刑事だといってしらべたほうがうまくいくのですが、それには、子どもの小林君ではだめだからです。
おとなの助手は、刑事らしい服装をして杉並区の木の宮運送店にいき、今日の昼すぎに赤坂の甲野さんのうちへ、ほそ長い木箱をはこんだのは、だれにたのまれたのかとたずね、なんなくその人物の住所をききだしました。それは、おなじ杉並区の原っぱの中の一軒家に住んでいる、白ひげの老人で、みょうな人形ばかり作っている、かわりものだということでした。名まえは赤堀鉄州というのです。
それがわかったので、小林少年は、明智探偵の旅行さきの大阪のホテルへ電話をかけて相談しますと、「よく注意して、やってみたまえ。」と、おゆるしが出ました。明智探偵も、小林君の腕まえをよく知っていたからです。
そこで小林君はかつらをつけ、おけしょうをし、洋服をきて、十四―五歳のかわいい少女にばけてしまいました。そして自動車に乗って、助手に教えられた杉並区の一軒家へといそぐのでした。そのころは、もう日ぐれに近くなっていました。
ずっとてまえで自動車をおりて、その原っぱへ近づいていきますと、むこうに、平家だてのこわれかかったような、古い西洋館が見えてきました。
板ばりに青いペンキがぬってあるのですが、そのペンキがほとんどはげてしまって、板もところどころくさっているようです。まわりには草がぼうぼうとはえ、どう見ても、おばけやしきという感じです。見ると、そのおばけやしきのほうから、ひとりの青年が自転車をひっぱって、草の中を、こちらへ歩いてくるのです。牛乳屋のようでした。少女にばけた小林少年は、その青年が近づくのをまって声をかけました。
「あのう、ちょっとうかがいます。」
すっかり女の声になっています。小林君は、なかなか名優でした。
青年は、かわいらしい少女に呼びかけられたので、にこにこして立ちどまりました。
「あの西洋館、赤堀鉄州という人の家でしょう?」
「ああ、そうだよ。このへんじゃあ、おばけやしきの、おひげさんといってるよ。気味のわるいじいさんだよ。」
「そのおじいさん、いま、家にいるでしょうか。」
「きのうからるすだよ。じいさんはひとりものだから、いま、あの家にはだあれもいやしないよ。おひげさんはかわりもので、ときどき、ふらふらっと、どこかへ出かけて、帰らないことがあるんだ。そのたんびに、牛乳をくさらせてしまう。ぼくの配達した牛乳が、きのうのままドアの外におきっぱなしになっているんだよ。」
青年は、なかなかおしゃべりです。
「そのおじいさん、人形を作るのでしょう? それから、腹話術もできるんでしょう?」
「腹話術はどうか知らないけれど、人形は作るよ。あの家には、気味のわるい人形が、ウジャウジャいるよ。きみ、おひげさんを知っているの? だが、あんな家に近よらないほうがいいよ。ひどいめにあうかもしれないよ。」
「ええ、あたし、いかないわ。お友だちにおじいさんのことをきいたものだから、ちょっとおたずねしただけよ。どうもありがとう。」
そして、西洋館とはんたいのほうへ歩きだしたので、青年も「さいなら!」といって、自転車に乗り、あとをふりかえりながら、むこうへ遠ざかっていきました。
少女の小林君は、青年の自転車が見えなくなるのを待って、ぶきみな西洋館のほうへひきかえしました。
入口のドアに近よって、とってをまわしてみると、ガチッと音がして、たやすく開いたではありませんか。
「おやっ、かぎもかけていないのかしら。」
と、おどろきながら、そっとのぞいて見ました。中はうす暗くて、いまにも、すみのほうから怪物があらわれそうな気がします。
さすがの小林君も、なんだか気味がわるくなって、しばらくためらっていましたが、ルミちゃんが、この家のどこかに閉じこめられているかもしれないと思うと、にわかに勇気が出てきました。
そのまま中にはいって、ドアをしめ、玄関をあがって、暗い廊下を奥のほうへ、しのび足で歩いていきます。
ところが、十歩も歩かないうちに、ギョッとして立ちどまりました。なにかしらやわらかいものが、サーッと、小林君の顔をなでたからです。
では、やっぱり人間がかくれていたのかと、きっと身がまえをしてよく見ますと、顔のまえに、長い髪の毛がさがっていることがわかりました。
それは人間の髪の毛でした。髪の毛の上に、女の顔があります。つまり、その女は、てんじょうからさかさまにぶらさがっていたのです。
白い着物をきて、たもとがだらんとたれています。顔はまっさおで、くちびるから赤い血が流れているのです。
その顔のものすごさに、小林君は、おもわず逃げだしそうになりましたが、ふと思いかえして、もう一度、じっと女の顔を見つめてみました。
「なあんだ、おばけ人形じゃないか。」
小林君は笑いだしました。それは、見せもののおばけやしきで、てんじょうから見物の頭の上にとびついてくる、あの幽霊の人形だったのです。
怪老人は、ぶきみな人形ばかり作っているというのですから、廊下に幽霊人形がぶらさげてあっても、べつにふしぎではありません。
そこをとおりすぎて二―三歩いくと、ドアが開いていました。暗くてはっきりはわからないけれど、その中は広いアトリエのような部屋で、むこうの壁ぎわに、奇怪な人形どもが、ウジャウジャ立っているらしいのです。
少女姿の小林君は、だいたんに、その広い部屋へはいっていきました。
そばまでいってみますと、ウジャウジャと立っているのは、やっぱり人形でした。しかも、それがみんな、ゾッとするようなおばけ人形、幽霊人形ばかりなのです。
小林君は、それらの人形に、一つ一つさわってみました。ルミちゃんが、おばけ人形の中に、かくされているかもしれないと考えたからです。
しかし、どれも、こちこちした人形ばかりで、生きた人間がかくされているようすもありません。
人形どものまえに、大きな箱のようなものがおいてありました。よく見ると、それは、むかしのよろいびつでした。怪老人は、よろいをきた武士の人形なども作るのかもしれません。
大きなよろいびつですから、人間がかくれることもできます。
「もしや、この中にルミちゃんが……。」
と思うと、小林君は、胸がどきどきしてきました。
しばらくためらっていましたが、思いきって、よろいびつの重いふたを両手で持ちあげ、中をのぞいてみました。
中はまっ暗ですが、なにもかくれているようすはありません。手をいれてさぐってみると、まったく、からっぽであることがわかりました。
それから、小林君は、そのアトリエの中を十分しらべたうえ、ほかの部屋もくまなくさがしまわりました。ほかの部屋といっても、せまい西洋館なので、古くさいベッドのおいてある部屋、物置きのような部屋、台所などでぜんぶでした。どの部屋にもかぎのかかった戸だななどは一つもなく、ルミちゃんのかくしてあるような場所は、まったく見あたらないのでした。
「ルミちゃん……ルミちゃん……おとうさんにたのまれて、さがしにきたんだよ。もしいたら、安心してへんじをしなさい。きみを助けにきたんだから……。」
そんなふうに、いくども呼んでみましたが、なんのてごたえもありません。
「やっぱり、ほかの場所へかくしたんだな。それでなければ、入口にかぎもかけないでおくはずがない。」
小林君はそう思って、ルミちゃんをさがすのはあきらめましたが、このまま立ちさる気はありません。怪老人がいつ帰ってくるか、わからないのですから、どこかにかくれていて、老人の正体を見きわめてやろうと考えています。
すると、そのとき、入口のほうでバタンという音がして、こつこつと廊下を歩く足音が聞こえてきました。怪老人が帰ってきたのかもしれません。
小林君は、すばやくアトリエにかけこんで、さっきのよろいびつに近づくと、重いふたを持ちあげて、その中にうずくまり、じぶんでふたをしめました。
しかし、ピッタリしめてしまっては息ができませんので、手帳にはめてあった鉛筆を、ふたのあいだにはさんで、すこしすきまを作っておいたのです。顔を横にすれば、そこから外をのぞくこともできます。
そうして、息をころして待っていますと、足音の主が、広間の中へはいってきました。
「電灯会社のやつ、いじの悪いまねをしやあがる。六ヵ月ぐらい料金がたまったって、なにも電灯線を切ってしまうことはないじゃないか。だが、電灯なんかつかなくても、おれはへいきだぞ。ほら、ここにちゃんと、ろうそくというものがある。これさえありゃ、べつに不自由はしないのさ。ウフフフ……。」
しわがれた老人の声です。そして、シュッとマッチをする音がしたかと思うと、あかちゃけたろうそくの光が、よろいびつの中までさしこんできました。
小林君は、顔を横にして、すきまからのぞいてみました。
やっぱり白ひげの老人です。それが、ろうそくを胸のへんで持っているので、下からの逆光線に照らされて、じつにものすごい顔に見えます。
やせこけたほお、高いワシ鼻、太いまゆ、ギョロリとした目、大きな口、長い白ひげ、モジャモジャのしらが頭……。
服は、古ぼけた黒い背広のようです。