箱の中の少女
そのうすきみのわるいじいさんは、高いワシ鼻を、しきりにくんくんいわせて、においをかいでいましたが、やがて大きな口で、にやりと笑いました。
「おやっ、へんだぞ。だれかここへはいってきたやつがあるな。くんくん……たしかにそうだ。おしろいのにおいがする。女だな。」
そういって、じろりと、よろいびつのほうを見ました。
少女にばけた小林君は、箱の中でギョッとして、首をちぢめました。
「さとられたかしら。でも、まさか、よろいびつの中とは気がつかないだろう。もうすこし、ようすをみてやろう。」
と、息をころしてのぞいていますと、怪老人はむこうへ歩いていって、道具箱をがたがたいわせていましたが、そこからなにかを取りだすと、またこちらへやってきました。そして、大きな口をいっぱいにひらいて、いきなり笑いだすのでした。
「ワハハハ……うまいことを思いついたぞ。おれの知恵はどんなものだ! ワハハハ……さあ、しごとだ、おもしろいしごとをはじめるぞ。ワハハハ……。」
じいさんは、気ちがいのように笑っているのです。笑うたびに大きな口がぱくぱく動いて、黄色い歯がむきだしになり、そのあいだから、どす黒い舌が、へらへらとのぞくのです。それが下のほうから、ろうそくの光に照らされるのですから、その気味わるさといったらありません。
「しごとをするといって、こいつは、いったい、どんなしごとをするんだろう。のんきらしく、彫刻でもはじめるつもりだろうか?」
箱の中の小林君は、心の中でそんなことを考えながら、なおも見つめていますと、怪老人は、左手にろうそくを持ち、右手に大きな金づちをさげていることがわかりました。
老人は、背中をまるくして、まるでゴリラのようなかっこうで、よたよたと、こちらへ歩いていきましたが、よろいびつから二メートルほどのところへ近づくと、パッと、一とびによろいびつにとびかかり、その上に腰をおろしてしまいました。
「ワハハハ……しめたぞ。おい、中にいるやつ、おれの声が聞こえるかね。ワハハハ……おれが、よろいびつのすきまに気がつかないほど、のろまだと思っていたのかね? おれの目は、ネコの目だよ。どんな小さなものでも、見のがしっこないのだ。
おれがしごとをするといったのを、聞いていたかね。いったいなんのしごとだと思ったね? ワハハハ……それはね、釘と金づちのしごとさ。つまり、きさまをいけどりにするしごとさ。ほら、こうするのだ。聞こえるかね? これは、釘をうつ音だぜ。」
怪老人は、にくにくしくいいながら、よろいびつのふたに、長い釘をトントンとうちこみはじめました。さっき老人がふたの上にこしかけたとき、はさんであった鉛筆がおれてしまったので、ふたはピッタリしまっています。老人は、それを上から釘づけにしようとしているのです。
「ワハハハ……。中にかくれているのは、若い女の子らしいね。女探偵かね。女のくせにだいたんなやつだ。おれは、女の子にはやさしくするほうだが、おれの秘密をさぐりにきた女探偵とあっては、しょうちができない。こうして閉じこめてしまうのだ!」
小林君は、しまったと思いました。さっき老人が金づちを持っているのを見たとき、なぜ気がつかなかったのでしょう。あのとき箱からとびだしてしまえば、こんなめにあわなくてもすんだのです。
こんながんじょうなよろいびつの中へ閉じこめられたら、息がつまって死んでしまうばかりです。
小林君は、ありったけの声をふりしぼって叫びました。
「あたし、探偵じゃないのよ。中学生なのよ。原っぱで遊んでいて、うっかりここへはいってきたのよ。あけて! でないと、お友だちがさがしにくるわよ。そして、あたしのおとうさんに知らせるわよ。」
小林君は、こんなさいにも、少女にばけていることをわすれないのでした。
「ウフフフ……、なにかいってるね。やっぱり女の声だね。しかし、なにをいっているのか、すこしもわからないよ。こうして釘をうってしまえば、いくら叫んでも、もう聞こえやしないのだ。」
小林君は、力をこめて、ふたをおしあげようとしましたが、じいさんが上に乗っかっているので、びくとも動きません。そうしているうちにも、釘は二本、三本、四本と、みるみるうちにうちこまれていくのです。
小林君は、全身の力をふるって、箱の中であばれまわり、叫びたてましたが、なんのかいもありません。ふたは、完全に釘づけにされてしまいました。