のきっさき
小林君は、あんまりあばれたので、のどがからからにかわいて、心臓がおそろしい早さでうっています。いや、それよりも、なんだか息が苦しくなってきました。むかしの職人が作ったがんじょうなよろいびつですから、ふたをしめると、空気がまったくかよわなくなってしまうのです。
すっかり釘をうってしまった怪老人は、立ちあがって、
「ワハハハ……これでよしと。さて、きさまのもがく音でも聞きながら、それをさかなに、いっぱいやるとしようか。」
といいながら、部屋のすみからウイスキーのびんとコップを持ってきて、よろいびつの上に、どっかりと腰をおろし、ウイスキーを、ちびりちびりと飲みはじめました。
「ワハハハ……まだあばれているな。女の子にしちゃあ、なかなか、しゅうねん深いぞ。だが、いくらあばれたって、この箱がびくともするものか。ワハハハ……。」
じいさんは、ひっきりなしにウイスキーを飲みながら、気ちがいのように、とんきょうな声で笑いつづけるのです。
箱の中の小林君は、だんだん息ぐるしさがひどくなってきました。とうとう、このまま死んでしまうのかと思うと、残念でたまりません。さすがの少年名探偵も、まっ暗な箱の中で泣きだしたくなってきました。
もうすっかり、よっぱらってしまった老人は、またなにか、わけのわからぬことを、しゃべりだしました。
「だが、待てよ。このままではおもしろくないぞ。ああそうだ。おい、おじょうさん、おれはいいことを思いついたぞ。待て待て、いま、きさまを楽にしてやるからな。ちょっとのがまんだ。すぐ楽になるぞ。ワハハハ……。」
そういって、じいさんは、よろよろと立ちあがりました。
箱の中の小林君は、かすかに、「楽にしてやるぞ。」という声が聞こえ、老人が立ちあがったようすなので、思わずギョッとして耳をすましました。
「楽にしてやる。」とは、いったい、どういう意味でしょう。
「もしや、あいつは、ぼくを殺すつもりじゃないかしら? そうだ、きっとそうだ。ただ箱の中へ閉じこめただけでは、きゅうには死なないから、なにか、もっと早く殺すことを思いついたのにちがいない。」
小林君は、そう思うと、ゾーッとして、心臓がとまってしまうような気がしました。
怪老人のかすかな足音が、よろいびつのそばをはなれて、どこかへ遠ざかっていきましたが、まもなく、またもどってきました。楽にする道具をとりにいったのにちがいありません。
「ピストルじゃないかしら。あいつは、箱の外からいきなりピストルをうって、ぼくを殺すのじゃないかしら。」
小林君の全身から、つめたい汗がにじみだしてきました。
「あいつは気ちがいだ。あいつの目は、気ちがいの目だ。殺人狂にちがいない。」
小林君は、もうかくごをきめました。いまにも、パンと音がして箱の横っぱらに穴があき、じぶんの胸へ、なまりのたまがとびこんでくるのだと、かんねんしました。
「明智先生!」
思わず、なつかしい先生の名を呼びました。にこやかな先生の顔が、まぶたの中に、はっきり浮かんできました。
しかし、どうしたのでしょう。かくごをしていたピストルの音は、いつまでたっても聞こえないではありませんか。
そのかわりに、ごしごしと板をひっかくような音が、聞こえてきました。そして、そのたびに、よろいびつが、かすかにゆれるのです。
ああ、わかりました。なにかで、よろいびつの外がわを、こすっているのです。いや、穴をあけようとしているのです。きっと、するどい刃ものでしょう。刀かもしれません。むかしの長い刀のきっさきで、板をごしごしこすっているのです。
「ああ、そうだったのか。ピストルではなくて、刀だったのか。気ちがいじいさんは、刀でぼくをつき殺そうとしているのだな!」
そのとき、小林君のまぶたの中に、ふしぎなものが浮かんできました。ずっとまえに見た、奇術の舞台です。ちょうど、このよろいびつのような四角な箱の中へ、ひとりの少女が閉じこめられるのです。
そこへ、西洋の魔法つかいのようなかっこうをした奇術師が、ピカピカ光る長い剣を、七―八本もかかえてあらわれます。そして奇術師は、この剣を一本一本、四方から箱の中へつきとおすのです。
見物人には、箱の中の少女が、たくさんの剣でつき殺されたように見えます。箱の中からは、少女のかなしい叫び声が、見物人のたましいを、ゆすぶるように聞こえてくるのです。
「あれだ。いまにぼくは、あれとそっくりのめに、あわされるのだ!」
ギリギリという刃ものの音は、だんだん箱の板にくいこんできます。やがて、するどいきっさきが、あらわれるでしょう。しかし、小林君のからだは、箱の中いっぱいになっているので、身をかわすすきまはありません。きっさきは、まともに胸をつきとおすにちがいないのです。
小林君は、もうたまらなくなって、あの奇術の少女のように、かなしい叫び声をあげようかと思いました。
そのとき、ブツッと音がして、箱の板に穴があきました。暗くてよくはわかりませんが、刀のきっさきのようなものが、すぐ目の前にあらわれたのです。
小林君は、ハッとして目をつぶりました。もう殺されたと思いました。ところが、ふしぎなことに、どこもいたくはないのです。いつまでたっても、なにごとも起こりません。
目を開いてみると、板に大きな穴があいて、そこから、ろうそくの光がさしこんでいました。むろん、そこから空気もはいってくるわけです。気のせいか、いくらか、息が楽になったようです。
「ワハハハハ……おじょうさん、びっくりしているね。殺されると思ったのかね? ワハハハ……まだ殺さないよ。ちょいと、寿命をのばしてやったのさ。息がつまって死んでしまっちゃあ、おもしろくないからね。息ぬきの穴をこしらえてやったのさ。どうだ、おれの声がよく聞こえるだろう?」
いかにも、怪老人のしわがれ声が、いままでよりはっきり聞こえます。酒くさい老人の息のにおいさえ、ただよってくるのです。