きみょうな問答
その夜ふけ、赤堀鉄州老人は、杉並警察署のしらべ室で、署長と、警視庁の中村警部と、二―三人の刑事たちにとりまかれていました。老人は、手足の縄をとかれ、木のいすにかけさせられていたのです。
酒のよいもさめて正気にかえった怪老人は、まるでキツネにつままれたような、とんきょうな顔で、キョロキョロとみんなの顔を見まわしていました。
「きみのうちは、すっかり燃えてしまったんだぞ。いったい、どうしてじぶんの家へ火をつけたんだ?」
杉並署の部長刑事が、老人の顔をのぞきこみながら、おどかすようにいいました。
「火をつけた? そんなばかなことが。……あっ、そうだ。おれは焼き殺されるところだった。おれはだれかにしばられて、ころがされていた。だが、どうして助かったのだろう。あっ、そうだ。だれかがおれの足をひっぱって、助けだしてくれたんだ。」
「そうとも。ほうっておいたら、きみはいまごろ黒こげになっていたんだぞ。」
それを聞くと、怪老人の顔に、異様な恐怖の色が浮かびました。青ざめていた顔がいっそう灰色になって、ぶきみな大きな目が、とびだすほど見ひらかれ、鼻のあたまに、びっしょり汗がわいてきました。
「いけないっ! たいへんだっ! おれはすっかりわすれていた。おれは人を殺してしまった!」
老人は、わけのわからないことをわめきだしました。
「おい、しっかりしろ。なにをいっているんだ。だれを殺したというのだ。」
「女だ。かわいい女の子だ。おれのアトリエへしのびこんで、よろいびつの中にかくれていたので、上から釘をうって出られなくしてしまったのだ。そしておれは酒を飲んだ。ずいぶん飲んだ。なにがなんだかわからなくなってしまった。あの女の子は、よろいびつに閉じこめたままだ。おい、きみたち、火事場のあとに、人間の死体が見つからなかったか? ああ、おれはたいへんなことをしてしまった。え、きみ、どうだった? 死体はなかったか? それとも、あのよろいびつを、だれかはこびだしてくれたのか。きみ、そいつをしらべてくれ。ああ、たいへんなことになったぞ。」
どうも、しらばっくれているのではなさそうでした。赤堀鉄州という、このきみょうな老人は、ほんとうに、少女の身のうえを心配しているようでした。
「ハハハ……安心しろ! きみがよろいびつに閉じこめた女の子は、ちゃんとここにいる。さあ、よく見るがいい。」
部長刑事はそういって、みんなのうしろに立っていた、少女姿の小林少年を呼びだして、老人の前に立たせました。
「あっ、そうだ。この子だ。ふしぎだなあ。おまえはどうして助かったのだ。……だが、待てよ。あっ、いけない。おい、きみたち、こいつはどろぼうだぞ! おれの家へしのびこんだ。空巣ねらいだ。そうでなくて、よろいびつなんかに、かくれるはずがない。きみたち、こいつをつかまえて、縄をかけてくれっ!」
怪老人は、そばに立っていた刑事にむしゃぶりついて、わめきたてました。それを見ると、中村警部が、はじめて口を開きました。
「なにをいっているのだ。この子は、どろぼうどころか、有名な私立探偵だよ。」
「なにっ、こんな小さな女の子が、私立探偵だって?」
怪老人の大きな目が、またとびだすほど見ひらかれました。
「小林君、かつらをとって、すがおを見せてやりたまえ……。これは、ほんとうは男の子なんだよ。名探偵明智小五郎の有名な少年助手、小林芳雄君だよ。」
小林少年は、すっぽりと、かつらをとって見せました。すると、その下から、少年の頭があらわれたではありませんか。
「あっ、それじゃ、きみは男の子だったのか。うん、知っている。小林という少年助手のことは、新聞で読んで知っている。そういえば、新聞の写真とそっくりの顔だ。だが、それにしても、きみはなぜ、おれのアトリエへしのびこんだのだ。しかも、女の子にばけたりして……。」
どうも、ようすがおかしいのです。もしこの老人が、甲野ルミちゃんをさらって、身のしろ金をゆすった本人だとすれば、こんなことを、ぬけぬけといえるはずがないではありませんか。