ほのおの宝冠
そのあくる日、進一君は、おとうさんに夕べのことを話しましたが、おとうさんは、
「そんなばかなことがあるもんか。おまえはきっと、寝ぼけて、とんでもない思いちがいをしたのだろう。」
と、てんでとりあってくださいません。
進一君が、それでも、「ぼく、たしかに見たんだ。」といいはりますと、「それじゃあ、人形部屋へいってみよう。」と、ふたりでそこへはいってユリ子人形をしらべましたが、いくらしらべても、ほんとうの人形で、これが動きだすなんて、まったく考えられないことでした。
おなかの中に機械じかけのある自動人形ではないかと、それもよくしらべましたが、なんのしかけもないことが、はっきりわかったのです。
しかし進一君は、夕べ寝ぼけていたとは、どうしても思えないのでした。おとうさんの神山さんも、進一君が一生けんめいにいいはるものですから、すこし心配になってきました。
神山さんは、ひとりで奥の居間にはいると、そこへおかあさんをよびました。
その居間の床の間のよこに、大きな金庫がすえてあります。その金庫の中に、神山さんのだいじな宝物がしまってあるのです。
「そんなばかなことがあるはずはないが、もしあれがあやしい人形だとすると、この金庫の中の宝物をねらっているのかもしれない。」
ふとそんなことを考えると、宝物が金庫の中にあるかどうかを、たしかめてみなければ安心ができないような気持になってきたのです。
それでおかあさんをよんで、ふたりきりで、そっと金庫から宝物をとりだしてみました。
大きな四角い、皮の箱です。神山さんは、それをちゃぶ台の上において、しずかにふたを開きました。
すると、皮箱の中のビロードの台座の上に、目もくらむような宝冠が、さんぜんとかがやいていました。
「ああ、やっぱりわしの思いすごしだった。人形がこれを盗みにくるなんて、ばかなことがあるはずはないのだ。」
神山さんは、安心したようにつぶやきました。
「まあ、いつ見ても美しいこと! でも、ぶじでようございましたわね。」
おかあさんも、うっとりと宝物をながめながら、胸をなでおろすのでした。
それは神山さんが、ついこのごろ、ある外国の宝石商会から買いいれた、むかしヨーロッパのある国の女王さまの持ち物であった、黄金の冠でした。ダイヤモンドやルビーや、そのほかいろいろの宝石がちりばめてあって、五色のほのおが燃えたっているように見えるので、だれいうとなく、「ほのおの宝冠」と名づけられていました。
神山さんは、こんなりっぱなものを店へおいてはあぶないと思って、自分の家の金庫の中へ、たいせつにしまっているのです。
「しかし、念のために、金庫のダイヤルの暗号をかえておこう。そうすれば、おまえとわしのほかには、だれもこの金庫を開くことができないのだからね。」
神山さんは、そういって、しばらく考えていましたが、
「そうだ、サナエという暗号にかえよう。これなら、むすめの名だから、わしもおまえも、わすれるはずがないからね。」
といって、皮箱のふたをしめ、それを金庫の中にもどし、とびらを閉めると、ダイヤルをまわして暗号をかえるのでした。そのとき、障子の外で、かすかなもの音がしましたが、神山さんたちは、すこしもそれに気づかなかったのです。
障子の外には、ユリ子人形が立ちぎきをしていました。
ああ、やっぱりユリ子人形は生きていたのです。あれほどしらべても人形としか見えなかったのに、またしても人形部屋をぬけ出して、こんな遠い部屋まで立ちぎきにやってきたのです。
それはまだお昼まえでしたが、進一君とサナエちゃんは学校へいっていますし、女中さんたちは、台所やせんたく場にいて、広い家の中が、からっぽになっていたのです。
ユリ子人形は立ちぎきをしてしまうと、だれに気づかれる心配もなく、人形部屋へもどることができました。
それにしても、人形がどうして動きだすのでしょう。これには、なにか秘密があるはずです。ひょっとしたら、ユリ子人形を売りにきた、あの西洋悪魔のようなやつが、遠くから魔法をつかっているのではないでしょうか。