少女探偵
進一少年は、中学校の帰りに電車にのって、千代田区の麹町のアパートへいきました。そこの明智探偵事務所をたずねて、少年探偵団長の小林君に相談をするためです。
進一君は、夕べのふしぎなできごとを、夢だったといいきることは、どうしてもできないので、団長の小林少年の知恵を、かりようとしたのです。
ところが、事務所へいってみると、明智探偵も小林少年も、どこかへ出かけていて、少女助手のマユミさんが、るすばんをしていました。
マユミさんは、一年ほどまえに明智探偵の助手になった十八歳のむすめさんで、少年探偵団員たちから、「探偵団のおねえさま」とあがめられ、したしまれていました。
マユミさんは、探偵助手になるとまもなく、「妖人ゴング」(この全集三十七巻)のために恐ろしい目にあいましたが、その事件もおわって、いまでは、勇敢な少女名探偵になっていました。あの事件で、知恵もからだも、きたえられたので、もう、どんな男にも負けないほどの、すばしっこい、冒険ずきな女探偵になっていました。
進一君は、この「探偵団のおねえさま」と仲よしなので、すこしも気がねはありません。小林団長はどこへいったのかとたずねますと、明智先生といっしょに、ある事件のために名古屋方面へ出かけて、あさってでなければ帰らないということがわかりました。
それではというので、進一君は夕べのできごとを、すっかりマユミさんに話して、どうすればいいかと相談をしました。
「おかしいわね。あなた、ほんとうに夢を見たんじゃないの?」
「ぼくのおとうさんも、夢を見たんだろうというんだけれど、ぼくは、夢だとは思えないのです。たしかに、起きていたんです。」
「なにか秘密があるのね。その人形を売りにきた、西洋悪魔みたいな顔の人が、あやしいわ。きっと、なにかたくらんでいるんだわ。神山さん(進一君のこと)は、人形じいさんの事件、知ってるでしょう? 甲野ルミちゃんという子がさらわれた事件よ。その西洋悪魔みたいな男は、あの人形じいさんと、なにか関係があるんじゃないかしら。あたしには、なんだかそんなふうに思われるわ。」
「そうでしょうか。そうすると、妹のサナエがさらわれるんじゃないでしょうか?」
進一君はひどく心配になってきました。
「そうともきめられないわね。もっとほかに目的があるかもしれないわ。あなたのうちに、なにか、どろぼうにねらわれるようなものが、あるんじゃないの?」
「ああ、そういえば、西洋の女王さまの宝冠があるんです。おとうさんは、お金にかえられないたいせつな宝物だといって、うちの金庫にしまっているのです。」
「じゃあ、それをねらっているのかもしれないわね。でも、そんなとりこしぐろうばかりしていてもしかたがないわ。だれか少年探偵団の人を電話でよんで、相談してみましょう。」
マユミさんは、そういってしばらく考えていましたが、
「ああ、すっかりわすれていた。いまに、ふたりの団員が、ここへ遊びにくるのよ。井上一郎君と、ノロちゃんよ。ノロちゃんは、おくびょうものでたよりにならないけれど、井上君は、知恵も力もあって、たのもしいわ。井上君のくるのを待って、相談してみましょうよ。」
「井上君ならいいですね。ぼく、あの人すきですよ。それに、ノロちゃんだって、あいきょうものだし……。」
進一君も、さんせいするのでした。
やがて、井上君とノロちゃんがやってきました。そこで、四人が探偵事務所の客間のテーブルをかこんで、相談をはじめました。
「やっぱり、いつものやりかたが、いちばんいいよ。神山君の家のまわりを、そっと見はっているんだ。そして、あやしいやつが出てきたら、あとをつけるんだよ。」
井上少年が、すっかり話を聞いたあとで、意見をのべました。
「夜もかい? 夜中もかい?」
ノロちゃんが心配そうにたずねます。
「おそくなると、うちでしかられるというんだろう? ぼくだってそうだよ。だから、夜の九時ごろには、チンピラ隊とこうたいするのさ。チンピラ隊は、夜中だってへいきだからね。」
チンピラ隊というのは、小林団長が上野公園などで集めた浮浪少年たちです。明智探偵はそれらの少年に、すりやかっぱらいをはたらかぬようによく教えて、「ありの町」という労働者の会の会長をやっている友だちにたのんで、そこに住みこませ、くずひろいなどをやらせてあるのです。そして、なにか事件がおこると、「ありの町」の事務所へ電話をかけて、少年探偵団のてつだいをさせることになっているのです。
「じゃあ、それにきめましょう。むろん、あたしもいくのよ。小林さんがいないときには、あたしが少年探偵団の指揮官ですもの。あたし、男の服をきていくわ。そして、危険なことは、まっさきにあたしがやるのよ。みんな、とめるんじゃないのよ。あたし、冒険がしたくって、腕がむずむずしているんだから……。」
マユミさんは、青年のようなかっぱつな口調でいうのでした。
すぐに「ありの町」へ電話をかけて、チンピラ隊のうち、手のあいているこどもを、よびよせました。
そして、日のくれるのを待って、マユミさんと井上君とノロちゃんと、チンピラ隊三人と、あわせて六人が、それぞれ、きたない服をきて変装すると、自動車で神山進一君の家のそばまでいきました。
それから、ばらばらにわかれて、神山家のへいのまわりのものかげに身をかくし、なにかあやしいことが起こるのを、待ちかまえるのでした。