ポケット小僧
ところが、ふしぎなことに、マユミさんが、自動車のトランクから出てしまっても、まだトランクの中で、なにか、もごもご動いているものがあります。
マユミさんは、犬かネコでも、つれてきたのでしょうか?
いや、動物ではありません。人間の子どもです。トランクの中から、すばやくとびだしてきたのは、七つか八つぐらいに見える、ちっちゃな男の子でした。
顔はまっ黒によごれ、ぼろぼろの服をきています。チンピラ隊のひとりで、名まえはポケット小僧という少年です。
ポケット小僧とは、へんな名ですが、ポケットにはいるほど、小さいといういみなのです。十二にもなっていて、七つか八つぐらいに見えるほど小さいので、そんなあだなでよばれるようになりました。
しかし、からだは小さいけれども頭はいいし、ひどくすばしっこい少年で、これまでにも、いろいろ手がらをたてたことがあります。チンピラ隊だいいちの人気ものでした。
ポケット小僧は、マユミさんを、たいへん尊敬していますので、マユミさんが自動車のトランクにかくれて、怪人のすみかへいくのを、だまって見ていられなかったのです。じぶんもいっしょについていって、マユミさんをまもりたいと思ったのです。
マユミさんが、トランクの中へしのびこんだとき、すぐあとから、ポケット小僧が、もぐりこんできましたので、おろそうとしましたが、どうしてもおりません。すみっこのほうにくっついて、てこでも動かないのです。
トランクの中であらそっていて、運転手に気づかれたらたいへんですから、マユミさんも、つい、そのままにしておいたのです。いま、あやしい西洋館の前で、トランクからポケット小僧があらわれたのは、そういうわけだったのです。
ふたりは、ひじょうにすばやく、トランクからすべり出したので、運転手はすこしも気づかず、そのまま車を出発させ、むこうのほうへ、遠ざかっていきました。
マユミさんとポケット小僧は、やぶれた門をはいって、西洋館の玄関のほうへいそぎました。ひごろ、音をたてないで走ることを練習しているので、ふたりとも、いくら走っても、すこしも足音がしないのです。
怪人は、西洋館の入口のドアの前にたって、なにかコトコトやっていました。かぎでドアを開こうとしているのでしょう。
あたりは、まっ暗です。西洋館の窓からは、すこしもあかりがさしていません。まるで空家のように、しずまりかえっているのです。
怪人は、宝冠のはいった白いふろしきづつみを、石段の上において、しきりにドアを開こうとしています。かぎがよくあわないのか、ずいぶんてまどるようです。
すると、そのとき、石段のへんのやみの中に、もうろうと、ネズミ色の影が近づいてきました。暗くてよくわかりませんが、どうやら人間のようです。
その影は、石段に近よったかとおもうと、そのまま、また、スーッと遠ざかって、やみの中へとけこんでしまいました。
怪人は、すこしも、それに気がつきません。やっとドアが開いたので、石段においてあったふろしきづつみを持って、ドアの中にはいり、中から、カチンとかぎをかけてしまいました。