人造人間
窓をのぞいていたマユミさんは、ふと、じぶんのうしろに、なにかうごめくけはいを感じました。あれはてた庭の草むらが、さやさやと、かすかな音をたてているのです。
マユミさんは、ゾーッとしました。ふりむくのがこわいのです。ポケット小僧ではありません。あの子が、こんな音をたてるはずはないのです。なんだか、大きなヘビが、草むらをわけて、はいよってくるような感じなのです。
しかし、いくら恐ろしくても、このままじっとしていたら、どんなひどいめにあうかもしれません。思いきってうしろを見るほかはないのです。
マユミさんは、そう決心すると、パッと、うしろをむきました。
まっ暗です。まっ暗な中に、なにやら大きなものが、もやもやと、うごめいています。
いままで、ろうそくの火を見ていたので、やみに目がなれていません。しかし、それがだんだんなれてきました。すると、そこにうごめいているものが、ぼんやりと、見わけられるようになったのです。
マユミさんは、心臓がとまってしまうような気がしました。そこには、どんなおばけや幽霊よりも、もっと恐ろしいやつが、ヌーッと、たちはだかっていたからです。
そいつは、ふつうの人間の倍もあるようなからだで、ごつごつした岩のような、かっこうをしていました。ぜんたいに、鉄のような黒い色で、頭が、おそろしくでっかくて、四角ばっているのです。
ふたつのまんまるい目が、まっかに光っていました。口は大きくて、のこぎりのような歯が見えています。四角ばった手足が、まるで鉄の板でできているようで、それが、ちょうつがいで動くみたいに、ぎくしゃくと、歩いてくるのです。
マユミさんは、これは人造人間にちがいないと思いました。そいつが、やみの空をうしろにして、ヌーッと、つったっているありさまは、なんともいえない気味のわるさでした。命のない作りものだと思うと、いっそう恐ろしいのです。
ポケット小僧はどうしたのかと、キョロキョロと、そのへんを見まわしましたが、どこにも姿が見えません。いったい、どこへいったのでしょう。あんなチンピラでも、こういうときに、そばにいてくれれば、いくらか、こころづよいでしょうに!
やっぱり人形です。命がなくて動く人形です。人形じいさんも、こんどの西洋悪魔も、人形づくりの名人です。むすめ人形が動いたのは、トリックでした。しかし、ここには、機械じかけで動くロボットがいるのです。恐ろしい人造人間がいるのです。
しかも、それがひとつだけではありません。やみの中から黒い鉄の大入道が、つぎからつぎと、あらわれてくるではありませんか。同じかたちのロボットです。目には電灯がしかけてあるのでしょう。みんな、まっかな目を光らせています。赤いネオンのような色です。それが、またたきでもするように、パッ、パッと、ついたり消えたりしているのです。
ロボットは、みんなで五つでした。でも、マユミさんには、それが二倍にも三倍にも感じとられたのです。
みなさん、想像してごらんなさい。まっ暗やみの庭に、人間の倍もあるような大きな鉄の機械人間が、五つもあらわれて、まっかな目をパチパチやりながら、ちょうつがいの足で、のっし、のっし近づいてきたら、その恐ろしさはどんなでしょう。たいていの人なら、きっと気をうしなってしまうにちがいありません。
ロボットたちは、ギリ、ギリ、ギリという、歯車の音をたてて、もう目の前に近づいてきました。
マユミさんは、逃げようとしました。ロボットとロボットのあいだをくぐって、逃げようとしました。
しかし、どうしても逃げられないのです。ロボットは、まるで人間のように、マユミさんの逃げるほうへ、足をあげたり、手を出したりして、じゃまをするのです。鉄の手はおそろしい力で、はねのけることなど思いもよりません。
「助けてえ……。」
マユミさんは、とうとう、悲鳴をあげてしまいました。そして、西洋悪魔のいる窓のそばへ逃げもどりました。西洋悪魔でもなんでも、ロボットよりは、ましだと思ったのです。
その窓は、いつのまにか、まっ暗になっていました。ろうそくを消してしまったのでしょう。
がらがらっと、ガラス戸の開く音がしました。そして、まっ暗な部屋の中から、ニューッと、二本の手が出てきたかとおもうと、やにわに、マユミさんの両腕をつかんで、かるがるとつりあげ、あっというまに、部屋の中へ、ひきいれてしまいました。
西洋悪魔か、あの部下の男か、どちらかです。しかし、どちらにしても、あいては人間です。マユミさんは、恐ろしい人造人間にとりかこまれているよりは、どんなにましだかしれないと、思いました。
「きさまは、何者だっ。」
やみの中から、ふとい声がきこえました。西洋悪魔の声です。マユミさんは、部屋の床にころがされたまま、だまっていました。すると、こんどは部下の男の声で、
「先生、ひょっとしたら、こいつが、くせものかもしれませんよ。どうもおかしいことがあるんです。あっしはさっき、玄関のドアをあけるのに、ちょっとてまどった。そのあいだ、ふろしきづつみを石段の上においといたのです。
そのすきに、なかみをぬかれたか、それとも、べつの箱のつつみと、すりかえられたかしたにちがいない。いま思いだしてみると、そのときから、ふろしきづつみが、いやに軽くなったのです。ああ、そうだ。そうにちがいない。
先生、こいつは、敵のまわしものですぜ。まさか、明智小五郎じゃあるまいが、明智の手下にちがいない。ぶちのめして、どろをはかせましょうか。」
男は、やっと、そこへ気がついたようです。
「いや、おれに、まかせておけ。おれは、ちょっと、こころあたりもある。もし、こいつが明智の手下だとすると、だいじな人じちだよ。ひとつ、明智先生へのおみやげに、こいつにおれの魔力を見せてやろう。ウフフフフ……。」