ゴリラと大ワシ
マユミさんは、もう生きたここちもありません。いまにとびかかってきて、さっきの大トカゲのように、まっぷたつにひきさかれるのかと思うと、いまにも気がとおくなりそうでした。
ゴリラは、黄色い歯をむきだして、にやにやと笑いました。いや、笑ったのではないのでしょうが、そんなふうに見えたのです。そして、毛むくじゃらの両手を、ニューッとのばして、マユミさんをつかまえようとしました。
そのときです。ピューッと、むこうのまっ黒な空から、恐ろしい風がふいてきました。立ちならぶ大きな木の枝やつるが、魔女の髪の毛のように、いっぽうへなびきました。
サーッという音が聞こえました。なにか恐ろしく大きなものが、空からふってきたのです。
あんまり大きいので、はじめはなんだかわかりませんでしたが、それは、一羽の巨大なワシでした。かたほうが二メートルもあるような、大きな羽をひろげて、風をきって、舞いおりてきたのです。ゴリラは、マユミさんから目をはなして、ギョッとしたように、空を見あげました。大ワシのほうでも、人間のマユミさんなんかには目もくれません。まっしぐらにゴリラをめがけて、つっかかってきたのです。
そこで、ジャングルの王さまと、空の王さまとの、ものすごいたたかいがはじまりました。
大ワシは、その大きなするどいくちばしで、ゴリラののどをめがけて、とびかかってきます。ゴリラは「ウオーッ。」とうなって、両手で、大ワシの首をつかもうとします。しかし、大ワシにも、二本のたくましい足があります。その指のするどい爪が、ゴリラの肩や胸にくいいるのです。
ワシが、大きな羽をばたばたやると、飛行機のプロペラのような風がおこり、マユミさんは吹きとばされそうになりました。あたりの木の枝も、ざわざわとゆれ、小さい草などは根もとからおれて、ほこりのようにとびちるのです。
あっ! ゴリラがたおれました。大ワシは巨大な羽でゴリラをつつむようにして、くちばしで、あいてののどをせめています。
ゴリラはやられてしまったのでしょうか。どうしてどうして、ジャングルの王さまは、そんな弱虫でありません。
「ガアアッ、ウオオッ……!」
という、恐ろしいうなり声がひびきわたりました。そして、ふとい毛むくじゃらの二本のうでで、大ワシの首を、ぐいぐいと、じぶんの胸にしめつけています。そのたびに、大ワシのくちばしが、じぶんののどにくいいるのですが、そんなことには、びくともしません。ゴリラの首は、あつい毛皮に松ヤニをぬり、そこへ砂をぬって、鉄のようにかたくなっています。さすがの大ワシも、このかたいのどを、くいやぶることができません。
「グルルルン、ゲゲゲゲゲ……。」
みょうな音がひびきました。大ワシが首をしめられて、悲鳴をあげたのです。
大ワシは、もうあいてをせめる力もなく、苦しまぎれに大きな羽を、ばたばたとはばたくばかりです。そのはばたきも、だんだん、おとろえていきました。
くるっと、ゴリラが上になりました。そして、その巨大な重いからだで大ワシを下じきにして、おしつぶそうとしています。両手は、あいてののどをしめつけたまま、すこしもゆるめません。
とうとう、大ワシは動かなくなってしまいました。ゴリラは、首をしめていた手をはなして、こんどは大ワシの羽をねじちぎり、腹をひきさきました。
すると、ああ、これはどうしたことでしょう。大ワシのはらの中からは、またしても、かぞえきれないほどの大小の歯車が、ジャラジャラとこぼれ出したではありませんか。
この大ワシも、西洋悪魔がこしらえた作りものだったのです。
マユミさんは、それを見て、ホッと安心しました。大トカゲも、大ワシも、作りものだったとすると、ヒョッとしたら、ゴリラも、歯車で動く作りものかもしれないと思ったからです。
でも、あの恐ろしい目でにらまれ、黄色い歯をむき出されると、やっぱり気がとおくなるほどこわいのです。
マユミさんは、逃げだしたいと思いました。いまなら逃げられると思いました。しかし、逃げようとしても、足がたちません。からだじゅうがしびれたようになって、そこにうずくまったまま、どうすることもできないのでした。