おそろしい部屋
小泉君は、何がなんだかわけがわかりませんでした。親切にまい子の少女を連れてきてやったのに、いきなりこんなみょうな部屋へとじこめてしまうなんて、ここの主人は気でもちがっているのでしょうか。
でも、主人は見たところ、なかなかりっぱな紳士です。三角形のあごひげをはやし、大きなべっこうぶちのめがねをかけて、偉い学者のような風さいです。そのりっぱなおじさんが、少女の恩人でもある小泉君を、こんなめにあわせるなんて、いったいどうしたわけなのでしょう。
しばらくすると、どこか壁の向こうがわで、ジジジ……という、モーターでもまわりはじめたようなうすきみの悪い物音が聞こえてきました。
小泉君は、外科病院の手術台にでものせられているような、なんともいえぬおそろしさに、口の中がカラカラにかわいてしまって、ものもいえないほどでした。きっと顔色もまっさおにかわっていたにちがいありません。
そのうちに、モーターらしい音にまじって、歯車と歯車とがかみあうような、そうぞうしいひびきがおこり、気のせいか、鉄ばりの部屋が、小きざみに震動しはじめたように思われます。
小泉君の心臓は、早鐘をつくように、ドキドキしてきました。ああ、ぼくはどうなるのだろう。今にどんなおそろしいことがおこるのだろうと思うと、もうじっとしてはいられません。逃げ道のないことはわかっていても、どうかして逃げだせないものかと、追いつめられたけだもののように、キョロキョロとあたりを見まわしました。
そして、ふと天井を見あげますと、おお、なんということでしょう。その黒い鉄ばりの天井が、少しずつ少しずつ、まるで虫のはうようなのろさで、下へ下へとおりてくるではありませんか。
小泉君は、この悪魔のようなできごとを、きゅうには信じる気にはなれませんでした。自分の目が、どうかしているのではないかとうたがいました。でも、じっと見あげていますと、天井はたしかにジリジリとおりてきます。一秒間にほんの一ミリほどのおそい速度ですけれど、確実に、少しの休みもなく、小泉君の頭上を目がけておりてくるのです。
「おじさん、ここをあけてください。早くあけてください。」小泉君は死にものぐるいで、鉄ばりのドアをたたきつづけました。
「ハハハ……、やっとわかったようだね。天井を見たかね。その天井は、あたりまえの天井じゃないんだよ。厚さが一メートルもある、重い重い天井なんだよ。その天井がドンドンきみの上へ落ちてくるんだ。すると、おしまいには、どういうことになると思うかね。え、小泉君、きみにはそれがわかるかね。」歯車のひびきのあいだから、しわがれ声がきみ悪く聞こえてきました。
小泉君はゾッとして、その重そうな鉄ばりの天井を見あげました。するとどうでしょう。天井はいつのまにか、もとの高さよりも五、六センチ低くなっているではありませんか。そして、なおも下へ下へと、少しの休みもなくおりてくるではありませんか。
「おじさん、もうわかりました。おじさんの発明はわかりましたから、早く機械をとめてください。そしてぼくを外へ出してください。」小泉君がいっしょうけんめいの声をふりしぼってさけびますと、すぐさま外からしわがれ声が答えました。
「ハハハ……、きみはそこを出るつもりでいるのかい。ハハハ……、ところが、わしはけっしてこのドアをひらかないのだよ。」
「エッ、なぜです。なぜ、ぼくをこんなひどいめにあわせるのです。おじさんはいったいだれです。」
「ウフフフ……、だれだと思うね。ひとつあててごらん。きみは少年探偵団の団員だったね。その探偵の知恵をしぼって、ひとつ考えてごらん。わしがだれだか、なぜきみをおそろしい機械部屋の中へとじこめたか。」
「え、おじさんは、ぼくが少年探偵団員だということを知っているのですか。」
「知っているとも、知っていればこそ、あの少女をおとりに使って、ここへおびきよせたのだよ。かわいそうだが、チンピラ探偵さん、まんまといっぱい食ったねえ。ハハハ……。」
「エッ、それじゃきみは二十面相……。」
「ハハハ……、やっとわかったかね。頭の悪い探偵さんだ。わしは二十面相ともいうし、蛭田博士ともいうし、殿村探偵ともいうし、まだそのほかにいろいろの名を持っているよ。で、わしが、なぜきみをここへとじこめたか、よくわかっただろうね。つまりふくしゅうさ。わしは、いつかきみたちチンピラ探偵のために、ひどいめにあわされた。そのお礼をしようというわけだよ。まあ、そこでゆっくりわしの機械を見物してくれたまえ。ハハハ。」そう言いすてたまま、しわがれた毒々しい笑い声が、だんだん向こうのほうへ遠ざかっていきました。二十面相は機械を運転したまま、その場を去ってしまったのです。
小泉君は、もう死にものぐるいです。何かわめきながら、からだぜんたいで、ドシンドシンと、ドアにぶつかってみました。しかし、鉄ばりのドアは、びくともするものではありません。
そうしているうちに、何かかたいもので頭をおさえつけられるような気がして、ヒョイと上を見ますと、どうでしょう。天井はもう、まっすぐに立っていられないほどさがってきているのです。
小泉君は、むだとは知りながら、両手で、そのつめたい鉄ばりの天井を、力いっぱいおしあげてみました。しかし、人間の力でこの機械をとめることは思いもおよびません。力いっぱいおしあげている両手が、ジリリジリリと下へさがってくるのです。
しばらくすると、小泉君はそこへしゃがんでしまわなければなりませんでした。しゃがんでいても、その頭を、重い天井が、グングンおしつけてくるのです。
考えてみますと、高い天井がそこまでおりてくるのに、十分あまりしかかかっていないのです。このちょうしでさがりつづければ、あと五分もかからないで、小泉君はおしつぶされてしまうでしょう。それを思うと、もう生きた空もありません。
「おかあさーん! 助けてくださーい!」さすがの小泉君も、幼い子どもにかえって、むがむちゅうで、そんなさけび声をたてないではいられませんでした。
すると、そのさけび声に答えるように、どこからか、例のしわがれ声が聞こえてきました。
「ウフフフ……、小泉君、どうだね、その気持ちは。もうたくさんかね。いや、心配しなくてもいい。わしはきみの命をとろうとは考えていないのだよ。ただ、二度とわしに手むかいなどせぬよう、きみをこらしめたまでさ。どうだ、少しは身にこたえたかね。」
こわい夢でも見たあとのように、あぶら汗でビッショリになった小泉君が、声のするほうをふりむきますと、鉄板の壁の一ヵ所が、二十センチ四ほうほど、窓のようにひらいて、そこから蛭田博士に化けた二十面相の顔がのぞいているのです。少しも気づきませんでしたが、そんなところにのぞき穴のかくし戸があったのです。
「ハハハ……、こわかったかね。まっさおな顔をしているな。安心するがいい。もう機械はとめてしまった。これでわしのお仕置きはおしまいだ。今そこから出してあげるよ。だが、そのまえに、ちょっときみに書いてもらいたいものがある。ここにペンと紙があるからね、わしのいうとおりに、そこへ筆記してもらいたいのだ。いいかね。もしきみがいやだといえば、また機械が動きだすのだよ。それがこわければ、さあ、このペンを受けとって、書くのだ。なあに、なんでもない、やさしい文句だよ。」二十面相は、ネコなで声でそんなことを言いながら、のぞき窓から、一枚の用せんと万年筆を差しだすのでした。