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妖怪博士-怪老人
日期:2021-10-26 18:36  点击:270

怪老人


 お話かわって、それから三十分ほど後、小泉君のおうちの近くの神社の森の中を、四十歳ほどのデップリふとった紳士が、和服の着流しに、帽子もかぶらず、ステッキをふりながら、歩いていました。
 その紳士は小泉信雄君のおとうさまの小泉信太郎(しんたろう)氏でした。信太郎氏は、いくつもの会社の重役をつとめている、富裕(ふゆう)な実業家なのですが、毎日、会社から帰って、夕飯をすませると、近所の神社の森の中を散歩するのが、おきまりのようになっていたのです。
 きょうは少し夕飯がおくれたので、散歩の時間ものびて、神社の境内(けいだい)はほとんどまっくらになっていました。それでも、くせになっているものですから、散歩をしないと、なんとなく気持ちが悪いので、信太郎氏は、その暗い森の中を、ブラブラと歩きまわっているのでした。なぜ夕飯がそんなにおくれたかといいますと、それはひとりむすこの信雄君が、いくら待っても学校から帰らなかったからです。でも、きっとまた野球の練習をしているのだろうと、あまり気にもかけず、みんなで夕飯をすませたのでした。
 小泉君のおうちは渋谷区桜丘町(さくらがおかちょう)にあるのですから、世田谷区池尻町の二十面相のかくれがとは、電車で十分もかからぬ近さです。そのすぐ目と鼻の間で、かわいい信雄君が、あんなおそろしいめにあっているとも知らず、おとうさまの信太郎氏は、のんきそうに散歩なさっていたのです。
「もしもし。小泉のだんなじゃあございませんか。」とつぜん暗やみの中から呼びかけるものがありますので、信太郎氏はびっくりしてふりむきました。見ると大きな木のかげに、乞食のようなボロボロの洋服を着た、白髪白髯(はくぜん)の老人が、ニヤニヤ笑いながら立っているのです。
「わしは小泉だが、きみはだれでしたっけ。」信太郎氏は、そう言いながら、ひとみをこらして、相手をながめましたが、いくら考えても、こんなきたない老人に知りあいはないのです。きたないというばかりでなく、ふさふさとのばした白いあごひげがなんとなく仙人じみて、うすきみ悪くさえ思われます。
「エヘヘヘ……、お見おぼえのないのもごもっともで、じつははじめての者でございますが、だんなに少しお話し申したいことがありましてね。ヘヘヘ……。」
 なんというきみの悪いやつでしょう。暗やみの森の中で、いきなり木のかげから姿をあらわし、みょうな鳥のような声で笑いながら、話したいことがあるというのです。物もらいでしょうか。いや、物もらいにしてはなんだか口のきき方がへんではありませんか。
「話というのは、どんなことだね。こみいった話なら、あらためて宅のほうへ来てもらいたいのだが。」
 信太郎氏は素性の知れぬ相手を警戒するように、ぶあいそうに答えました。
「ヘヘヘ……、なあに、そんなこみいった話でもございませんよ。じつはお宅のお坊ちゃまのことにつきまして……。」
「エッ、信雄のことだって? 信雄がどうかしたのですか。」
 小泉氏は、老人のしさいありげな口ぶりに、思わずギョッと聞きかえしました。
「エヘヘヘ……、そうらごらんなさい。わしの話を聞かずにはいられますまいがな。信雄さんは、学校からお帰りになりましたか、え、今お宅においでですか。」
「いや、さいぜんわしが家を出るまで、まだ帰っていなかった。どうしたのかと心配しているのです。きみは何か信雄のことを知っているのかね。」
「知っているどころか、わしはつい今しがたまで、あの子どもと話をしていたのですよ。」
「エッ、話を? で、信雄は今どこにいるのですか。」
「エヘヘヘ……、それはちょっと申しあげられませんが、わしはその場所もよく知っております。だんなのお心しだいで、いつでもお宅に帰るようにいたしますよ。」
「わしの心しだい? それはどういう意味だね。きみは信雄をどこかへかくしたとでもいうのか。」小泉氏は、はげしい口調で聞きかえしました。
「ヘヘヘ……、そうご立腹(りっぷく)になっては、お話もできません。じゃあ、ひとつこれを読んでいただきましょうかね。これをごらんになれば、何もかもわかるのですよ。」怪老人はそんなことを言いながら、ポケットから、何か書いた二枚の紙きれを取りだして、小泉氏にさしだしました。
「あそこに常夜灯(じょうやとう)がついております。あの下へ行って、ひとつよく読んでみてください。」
 小泉氏は、こんなあやしいやつにとりあわず、そのまま立ちさってしまおうかと思いましたが、しさいありげな書きものを見ますと、やっぱりいちおう読んでみないではいられませんでした。
 常夜灯の下へ行って、紙きれをかざして見れば、まずその一枚には、見おぼえのある愛児信雄君の手跡(しゅせき)で、つぎのようなおそろしい、手紙がしたためてありました。

おとうさま、
ぼくは悪者のためにおそろしい目にあっています。苦しくって、苦しくって、今にも死にそうです。早く助けてください。この老人のいうとおりにしてくだされば、ぼくは助かるのです。お願いです。早くぼくをこの苦しみから救ってください。

小泉信雄

 小泉氏はそれを読みますと、ハッとしてまっさおになってしまいました。どこからか、信雄君のいっしょうけんめいに救いを求めるさけび声が、かすかに聞こえてくるような気さえします。
 急いで、もう一枚の手紙のようなものを読んでみました。

今夜正十二時、きみはきみの家宝、雪舟(せっしゅう)の山水図の掛け軸を持って元駒沢練兵場(こまざわれんぺいじょう)東がわの林の中へ来るのだ。そこに一台の小型自動車が待っている。きみは掛軸をその自動車の中の人物に手わたすのだ。そうすれば信雄君はただちにきみの手に帰る。
きみひとりだけで来るのだ。ぜったいにほかの者を同伴してはならぬ。もし、このことを警察にうったえるようなことがあれば、信雄君は永久に帰らぬものと覚悟せよ。

小泉信太郎君

二十面相

 これで見ますと、二十面相は信雄君にあんなこわい思いをさせて、少年探偵団にたいするふくしゅうをとげただけではたりないで、さらにその信雄君を利用して、彼の(やま)いの美術収集の目的をはたそうとしているのです。なんという虫のいいたくらみでしょう。
 雪舟の山水図というのは、先祖代々小泉家に伝わっている家宝で、国宝に指定されている由緒(ゆいしょ)ぶかい名画でした。もしこれを売却するとすれば、二千万円をくだるまいといわれているほどの宝物(ほうもつ)です。二十面相は、その名画と引きかえでなければ、ぜったいに信雄君を返さないというのです。
「エヘヘヘ……、おわかりになりましたかな。で、さっそくですが、ひとつご返事がうけたまわりたいもので。」怪老人は、手紙に読みいっている小泉氏のかおを、ジロジロとながめながら、毒々しいちょうしで、返事のさいそくをしました。
 小泉氏は、どう答えてよいのか、きゅうに思案もうかびません。信雄君を取りもどさなければならぬことはいうまでもないのですが、そうかといって、国宝にまで指定されている宝物を、むやみに手ばなすわけにはいきません。
「で、わしがこの申し出を承知しないとすれば?」小泉氏は、老人をにらみつけて、(しか)りつけるようにたずねました。
「ヘヘヘ……、それはちゃんと手紙に書いてあるじゃあございませんか。おぼっちゃまが、永久にお宅へもどらないというだけのことですよ。」
 この口ぶりから察しますと、老人はただ手紙をたのまれたというだけでなく、二十面相の部下のひとりにちがいありません。
 相手は一人です。しかもヨボヨボの老人です。こいつをここでとらえて、警察へつきだし、二十面相のかくれがを白状させるわけにはいかぬものでしょうか。そうすれば、信雄君も救いだせますし、宝物をわたさなくてもすむのです。
「ウン、それがいい。まさかこんなおいぼれに、おくれをとることもあるまい。」小泉氏は、とっさに決心をしますと、いきなりステッキをにぎりしめて、ツカツカと老人の前に近よりました。
「おや、だんな、目の色をかえて、どうなすったのです。わしをなんとかしようというんですかい。」老人はびっくりしたように、小泉氏を見つめました。
「きさま、二十面相のかくれがを知っているだろう。信雄のいるところも、きさまにはわかっているはずだ。さあ、わしといっしょに来い。警察へつき出してやるんだ。」小泉氏はさけびながら、おそろしい勢いで老人につかみかかろうとしました。
 すると、おや、これはどうしたことでしょう。相手は飛鳥(ひちょう)のようなす早さで、サッと身をかわし、今まで腰をかがめてヨボヨボしていたじいさんが、まるで青年のようなおそろしい元気でやみの中にスックと仁王(におう)立ちになったではありませんか。そして、ズボンのポケットから、何か取り出したかと思うと、それを右手ににぎって、ヌーッと小泉氏の鼻の先につきつけました。ピストルです。
「おいおい、ばかなまねをするもんじゃない。そんなことをすれば、信雄君ばかりか、きみ自身までとりかえしのつかぬことになるのじゃないか。ハハハ……、おれはきみなんかにとらえられるほど、もうろくはしていないつもりだぜ。」声まで歯切れのよい、若々しいちょうしにかわりました。まだ若いくっきょうな男にちがいありません。それが相手をゆだんさせるために、わざと、ヨボヨボの老人に変装していたのでしょう。
 小泉氏はギョッとして、立ちすくんだまま、身動きすることもできません。ピストルをつきつけられては、もう手も足も出ないのです。
「ハハハ……、二十面相に手むかいしようとすれば、つまりこんなことになるんだぜ。わかったかい。その紙きれに書いてある命令を、忠実に守らなければ、おれはようしゃはしない。信雄は永久にこの世から姿を消してしまうんだ。よく思案をして、どちらともきめるがいい。信雄をすてるか、家宝を思いきるか。ついでにいっておくがね、二十面相は魔法使いだ。どんな姿をして、どこにかくれているかわからないのだ。きみがへんなまねをすれば、すぐにわかってしまうんだ。用心するがいい。ハハハ……、それじゃあ今夜の十二時に、きっとまっているぜ。」
 老人はピストルをかかえたまま、ジリジリと、あとじさりをして、やがて、木のかげのやみの中へ、姿を消してしまいました。姿は消えても、その遠くのやみの中から、あのぶきみな笑い声が、だんだんかすかになりながら、いつまでもつづいているのでした。
 小泉氏はしばらくのあいだ、何を考える力もなく、ぼうぜんと立ちつくしていましたが、やがて、ハッとわれにかえると、いまいましそうにつぶやきました。「おお、そうだ、わしは今の今まで二十面相と話をしていたのだ。今の老人こそ、二十面相の変装姿だったにちがいない。」


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