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妖怪博士-名侦探的妙计
日期:2021-10-26 18:36  点击:270

名探偵の奇計


 それから二、三十分ののち、小泉信太郎氏は、自邸の書斎の大机の前に腰をかけて、卓上電話の受話器をにぎっていました。
「もしもし、明智探偵事務所ですか、わたしは渋谷の小泉ですが、明智さんはご在宅ですか。」
 小泉氏と明智探偵とは、同じ社交倶楽部(くらぶ)の会員だったものですから、懇意(こんい)というほどではなくても、二、三度話しあったこともあるあいだがらでした。
 そういう関係から、信雄君が少年探偵団に加入したと聞いても、べつに心配もせず、明智探偵を信頼して、黙認していたわけです。こんなおそろしい事件がおころうとは、夢にも考えていなかったのです。
 この事件は警察へ訴えるわけにはいきません。そんなことをすれば、あのすばしっこい二十面相のことですから、たちまち感づいて、どんなおそろしい仕返しをするかしれません。
 そこで、小泉氏は、明智探偵に相談することを思いつきました。明智探偵ならば知りあいでもあり、ことに少年探偵団とは深い関係があるのですから、真剣になって、骨を折ってくれるにちがいないと考えたのです。やがて、電話口に明智が出たようすです。
「ああ、明智さんですか。わたし、小泉です。電話ではなはだ失礼ですが、じつは至急お力をお借りしたい事件がおこったのです。事件の内容は、電話ではなんですから、お目にかかってくわしく申しあげますが、ともかく、あなたのお力にすがるほかはない重大事件です……。え、おいでくださる? ありがとう。ではどうか。わたしの家は、あなたのところの小林君がよく知っておられるはずですから。じゃあ、お待ちします。」
 ガチャンと受話器をかけて、小泉氏はホッとため息をつきました。明智探偵が、ちょうどうまいぐあいに事務所にいたのは、なによりのさいわいでした。明智なれば、たくみに賊をあざむいて、信雄も取りもどし、家宝の掛け軸もわたさないですむような、すばらしい手段を考えだしてくれるかもしれません。小泉氏はそう考えますと、いくらか気も落ちつき、青ざめきっていた顔にも、なんとなく生気(せいき)がよみがえってくるように見えました。
 ところが、小泉氏が電話にむちゅうになっていたあいだに、その書斎の一方にみょうなことがおこっていました。それはちょうど明智と話をしているさいちゅうでしたが、小泉氏の横手のガラス窓の外から、しらが頭に白いあごひげを()やした(あや)しげな老人の顔が、じっと室内をのぞきこんでいたのです。
 窓の外は広い庭になっているのですが、いつのまに、どうしてしのびこんだのか、さいぜんの怪老人、つまり二十面相が、その庭から、小泉氏の電話をかけている姿を、まるで獲物をねらう蛇のような、執念ぶかい目つきで、じっと見つめていたのです。神社の森の中で、立ちさったように見せかけて、じつは小泉氏のあとをつけてきたのにちがいありません。
 そして、小泉氏が受話器をかけるのを見ますと、ヒョイと首を引っこめて、庭のやみの中へ姿を消してしまいました。むろん小泉氏は、それを少しも気づかなかったのです。
 二十面相の怪老人は、それから、庭の木立ちの間をくぐって、裏の塀ぎわにたどりつき、まるでサルのような身軽さで、塀を乗りこえました。塀の外は人通りもないさびしい裏町です。二十面相は何食わぬ顔で、その町を通りすぎ、にぎやかな商店街のほうへと急ぎました。そして、そこの四つかどの公衆電話にとびこみますと、いきなり受話器をつかんで、明智探偵事務所の番号をまわしました。
 おや、これはどうしたというのでしょう。二十面相が明智探偵に電話をかけるなんて、思いもおよばぬへんてこなしわざではありませんか。いったいこれは何を意味するのでしょう。怪盗は、どんな悪だくみを考えだしたのでしょう。なんだかひどく気がかりではありませんか。
 それはさておき、お話をもとにもどして、小泉邸では、その夜どんなことがおこったか、まずそれを記さねばなりません。小泉氏が明智探偵に電話をかけてから、二十分ほどもしますと、門前に自動車のとまる音がして、いつもながらかっこうのよい黒い背広姿の名探偵が、小泉邸をおとずれました。
 待ちかまえていた小泉氏は、みずから出むかえて、明智を奥座敷に案内し、召し使いたちを遠ざけておいて、事のしだいをくわしく物語るのでした。すっかり聞きおわった明智探偵は、しばらくのあいだ無言のまま腕組みをして考えこんでいましたが、やがて顔をあげますと、何か妙案(みょうあん)がうかんだらしく、たのもしげな口調で答えました。
「小泉さん、お引きうけしました。こんどこそあいつの鼻をあかしてお目にかけます。信雄君を取りもどすのはもちろん、雪舟の掛け軸もわたさず、そのうえあいつを引っとらえてごらんにいれます。じつをいうと、ぼくはこういうことのおこるのを待ちかまえていたのですよ。二十面相には、かさなるうらみがありますからね。こんどの事件は、ぼくにとって願ってもない機会です。それに信雄君は少年探偵団に加わっていたため、こんなめにあったのですから、ぼくにもじゅうぶん責任があるわけです。かならずぶじに取りもどしてお目にかけますよ。」
「ありがとう。それをうかがってわたしも安心しました。しかし、いったいどうして信雄を取りもどすのです。あなたには、二十面相のかくれががおわかりになっているのですか。」
「いや、それはぼくにもまったくわかりません。」
「では、どうして……? わたしには、あなたのお考えがさっぱり見当もつきません。」
「あいつは雪舟の掛け軸と引きかえに、信雄君を返すというのでしょう。」
「そうですよ。それですから、あの絵をわたさないかぎりは、信雄を取りもどす手段がないように思われますが。」
「ですから、その掛け軸をわたしてやるのです。」
「エッ、なんですって? それじゃあ家宝をあきらめろとおっしゃるのですか。」
「いや、雪舟の掛け軸をわたすわけではありません。それと似たべつの掛け軸でいいのです。お宅には賊にやっても、たいしておしくないような掛け軸がおありでしょう。その中から雪舟の掛け軸によく似たやつをえらんで、替え玉に使うのです。」
「なるほど、それはうまい考えですが、あいつがそんな手に乗るでしょうかね。中身をあらためないで受けとるようなへまをやるでしょうか。」
「ハハハ……、ただあたりまえにわたしたのでは、むろんばれてしまいますよ。ちょっと手品を使うのです。二十面相もなかなかの手品使いですが、ぼくもあいつに引けは取らぬつもりです。まあ、おまかせください。」
「しかし、手品を使うといって、その掛け軸はわたし自身で持っていかなければならないのですが。わたしにそんな手品が使えましょうかね。」
「ハハハ……、いや、あなたでは、失礼ながらだめですよ。その芸当はぼくでなくてはできないのです。」
「でも、あなたに代理をお願いするわけにはいかぬのですよ、わたし自身で持っていかねば、けっして信雄を返さないというのです。」
「それにはまた工夫があります。ぼくはこういうこともあろうかと、ちゃんと用意してきています。ここにその道具がはいっているのですよ。」
 明智は、ひざのそばにおいてあった小さなカバンを手に取って、たたいてみせ、「ちょっと奥さんの化粧室を拝借ねがえませんか。」とみょうなことをいうのです。
「エッ、化粧室を? いったい何をなさるのです。」
「いや、今にわかりますよ。それから奥さんにお願いしたいこともありますから、ひとつご紹介くださいませんか。」
 小泉氏は、何がなんだかわけがわかりませんでしたが、これにはさだめししさいのあることと、いわれるままに、夫人を呼んで、明智に引きあわせ、化粧室へ案内するように命じました。それから十五、六分もたったでしょうか。小泉氏はもとの座敷にすわったまま、たばこをすって待ちうけていましたが、すると、とつぜん縁がわの障子がスーッとあいて、だれかがはいって来るようすです。
 小泉氏は物音に、ヒョイとそのほうをふりむきました。そして、縁がわからはいってくる人物を一目見ますと、アッとみょうなさけび声をたてて、思わず立ちあがってしまいました。それもむりではありません。そこには小泉氏と顔から背かっこうまで、寸分(すんぶん)たがわぬ人物が、ニコニコ笑いながらつっ立っていたのです。まるで大きな鏡でも見ているように、すぐ目の前に自分自身の姿があらわれたのです。
 小泉氏は、自分の目がどうかしたのではないかとうたがいました。夢でもみているのではないかとあやしみました。しかし、夢ではありません。そのもうひとりの自分は、ツカツカと座敷にはいってきたかと思うと、さいぜんまで明智のすわっていた座ぶとんの上に、ピッタリすわったではありませんか。
「ハハハ……、小泉さん、みょうな顔をしていらっしゃいますね。あなたにも見わけられないほど、そんなにうまく変装ができましたかねえ。ぼくですよ。明智ですよ。」その人物は、さもおかしそうに笑いながら種あかしをしました。
「ああ、そうでしたか。これはおどろいた。わたしは自分の頭がへんになったのかと、びっくりしたほどですよ。じつによくできています。まるで鏡を見ているような気がします。」
「ハハハ……、さいぜんお話を聞いているあいだに、あなたのお顔の特徴を、よく心にきざみつけておいたのですよ。そして用意してきたつけひげをはったり、モジャモジャの頭をうまくなでつけたり、ふくみ綿(わた)をしたり、顔に変装用の化粧をしたり、そのほかいろいろの秘術をつくしたのです。この着物とじゅばんは奥さんにお願いして、あなたのを出していただいたのですよ。どうです、これなら替え玉がつとまるでしょう。」
「おや、声までまねましたね。じつにおどろきました。あなたにこれほどの変装の腕まえがあろうとは、思いもよりませんでしたよ。大じょうぶです。それなら、どんな相手だって、見やぶることはできますまい。」
「ハハハ……、あなたがうけあってくだされば、これほどたしかなことはない。それじゃあ、この風体(ふうてい)であなたの替え玉になって、二十面相のやつをおどろかせてやりますかな。ところでこんどは掛け軸のほうの替え玉ですが、ひとつその雪舟の名画というのを拝見したいものですね。そのうえで、なるべく相手に気づかれぬような替え玉をえらぶことにしましょう。」
「承知しました。じゃあ、わたしといっしょに土蔵の中へおいでください。」小泉氏は明智のみごとな変装ぶりにすっかり感心して、このちょうしなら万事うまくいくにちがいないと、もうホクホクもので、みずから懐中電灯を持って、先に立つのでした。
 さすがに国宝がおさめてあるだけに、土蔵の戸締まりは、じつにげんじゅうなものです。まず錠まえをはずして、鉄の大とびらをひらき、その内がわの重い金網ばりの板戸をあけ、土蔵の奥にはいって、そこにドッシリとすえつけてある金庫のような鋼鉄製の箱を、暗号文字にあわせて、ひらかなければならないのです。小泉氏はその鋼鉄箱の中のたなの上から、細長いキリの箱を取りだして、ていねいにそれをひらき、宝物の雪舟の掛け軸をひろげて、明智に見せるのでした。
「フーン、たいしたものですね。ぼくは絵のほうはまったくしろうとですが、これほどの名画になりますと、やはり心を打たれますね。この筆勢(ひっせい)のみごとなことはどうでしょう。なるほど、これなら二十面相がほしがるのもむりはありませんよ。あいつは美術にかけてはくろうとはだしの鑑賞眼を持っているのですからね。」明智は、小泉氏のひろげている掛け軸の上に、懐中電灯をかざしながら、感にたえたように見いるのでした。
「なにしろ七代まえの先祖から伝わっている、由緒正しい品ですからね。わたしも、この家宝をわたさずにすめば、こんなありがたいことはないのです。もし首尾よくいきました節は、じゅうぶんお礼するつもりでおります。」
「いや、そんなことはご心配くださいませんように。こんどの事件は、あなたのためというよりは、ぼく自身のふくしゅうのために、ぜがひでもあいつをやっつけなければ、がまんができないのです。では、この軸と同じ寸法の、なるべく外見の似た替え玉をさがしていただきましょうか。」
 明智が絵の前をはなれますと、小泉氏は掛け軸をていねいに巻きおさめながら、
「いや、それならば、もうちゃんと目ぼしをつけてあります。待ってください。えーと、これですよ。これは表装(ひょうそう)だけはりっぱですが、名もない画家の作です。あいつに取られても、いっこうおしくないしろものです。」と、土蔵の壁に取りつけたたなの上から、うす黒くよごれたキリの箱を取って、明智に手わたすのです。
 明智は、それをひらいて中の掛け軸を少しひろげ、懐中電灯の前でちょっと見たまま、もとのように巻いて、雪舟の軸のそばにならべておきました。
「ウン、軸も同じような色あいの象牙(ぞうげ)だし、表装の古び方もよく似ています。これなら申し分ありません。これにきめましょう。おや、両方とも箱の上に画題が書いてありますね。これじゃあ箱だけはほんものを使わないと、すぐ見やぶられてしまう。では、まちがわぬように、このにせものを本物の箱へ、雪舟のほうをにせものの箱へ入れかえておきましょう。さあ、これでよしと。こちらがほんものの雪舟です。箱がかわっているので、なんだかへんですが、まちがいありません。もとの場所へおおさめください。」
 小泉氏は明智のさしだすキリの箱をそのまま受けとって、鋼鉄箱のたなにおさめ、とびらをしめて、符号の文字盤をまわしました。
 ふたりは土蔵を出て、締まりをしますと、またもとの座敷にもどり、明智は小間使いが持ってきたちりめんのふろしきに、にせもののキリの箱をたいせつそうに包みました。そうしてすっかりじゅんびがととのったのは、もう十時ごろでした。
 それから主人のじまんの古いぶどう酒がぬかれ、かんたんな西洋ふうのつまみものが運ばれて、グラスを手にしながら、何かと話しているうちに、やがて出発の刻限がきました。
「おお、もう十一時半です。ボツボツ出かけなければなりません。約束の時間におくれてはたいへんですからね。それじゃ行ってきます。かならず信雄君は連れて帰りますから、どうかご安心ください。」小泉氏になりすました明智は、あいさつをして立ちあがりました。小泉氏は、くれぐれもまちがいのないようにと、念をおしながら、わざわざ門の外まで名探偵のかどでを見送るのでした。


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