やみの迷路
少年たちは、小鳥の声を聞きながら、大きなにぎり飯をすっかりたいらげ、水筒の水をゴクゴクやって、お昼ご飯をすませますと、あるものはリュックサックの中から、道しるべのひもの玉を、あるものは懐中電灯を取りだし、めいめいに出発の用意をして、いよいよ鍾乳洞の入り口へと近づきました。大きな山のすそに、けずりとったような、おそろしい岩がむきだしになっていて、その岩の一部に、まるで怪物が口をあいてでもいるように、まっ黒な穴がポッカリとあいています。それが洞くつの入り口なのです。
「さあ、いよいよぼくたちは、洞穴の迷路の中へはいるんだぜ。道しるべのひもの係りは、篠崎君だよ。このへんがいいや。ここへひものはしをしっかりむすびつけてくれたまえ。そして、どんなことがあっても、ひもの玉をはなしちゃだめだよ。それをはなしたら、ぼくたちはたちまち、まい子になってしまうんだからね。いいかい。」
小林団長のさしずにしたがって篠崎始君は手にしていた大きな荷作りひもの玉のはしを、とがった岩の先にしっかりむすびつけました。
「懐中電灯は、まず羽柴君のを使うことにしよう。三つともいっぺんに使って、電池がきれてしまってはたいへんだからね。さあ、羽柴君それをつけて、ぼくといっしょに先に立って歩くんだよ。」団長といっしょに先頭に立つことをおおせつかった壮二君は、すっかり勇みたって、懐中電灯をふりてらしながら、もう洞穴の中へおどりこんでいきました。
つづいて小林団長、それから小泉信雄君、相川泰二君と、十人の団員は一列縦隊を作って、ぞろぞろと穴の中へはいっていきます。しんがりは、ひもの玉をかかえた篠崎君、その横には親友の相撲選手の桂正一君が、護衛役のようによりそっています。
洞くつの入り口をはいって五、六歩行きますと、道がひじょうにせまくなって、四つんばいにならなければ進めないほどです。しかし、そのせまい道を十メートルも行けば、広い場所に出るということを、本で読んでいたものですから、みんな、ひどくぶきみなのをがまんして、ゴソゴソと、つめたい岩はだにさわりながら、はっていきました。そうしてしばらく行きますと、案のじょう、とつぜん、左右の岩はだがなくなってしまったかと思われるほど、広い場所に出ました。岩の天井がどのへんにあるのか、高さも知れないくらいです。
「篠崎君、ひもは大じょうぶかい。」
「ウン、大じょうぶだよ。」その声が、まるで深い井戸の中へものをいっているように、ガーンとひびいて、かすかなこだまがかえってきました。
「すごいねえ、羽柴君、向こうのほうを照らしてごらん。」
すると、広い広いやみの中を、探照灯を小さくしたような光の線が、スーッと走って、ゴツゴツしたどす黒い岩はだを、つぎつぎと照らしていきます。その光で目測してみますと、そこは二十メートル四ほうもあるような、天井の高い、広い空洞です。
「ここから、いくつも道が分かれているらしいのだよ。どの道をえらぶか、ともかく、壁を伝って一まわりしてみようじゃないか。」先頭の小林君は、そう言いながら、羽柴君の懐中電灯をたよりに、そろそろと右のほうへ歩きはじめました。
「アッ、ここに小さな穴がある。これが第一の枝道だよ。」
「おやッ、なんだか水の流れているような音がするじゃないか。」
「ウン、この鍾乳洞の中には、小さな地底の川が流れているんだって。この枝道を行くと、きっと、そこへ出るんだよ。」
「アッ、見たまえ、鍾乳石だ。あの天井から白い氷柱みたいなものが、たくさんさがっている。」
羽柴君の電灯が、洞穴の天井のいっぽうのすみを、まるく照らしだしていました。その光の中に、大きな、うす白い石の氷柱が、巨人の牙のように、ものすごくたれさがっているのです。
「下をごらん。あの下にきっと石筍があるから。ああ、ある、ある。まるで白いお化け茸みたいだねえ。」
それらのふしぎな景色を見ていますと、みんなは、なんだか童話の魔法の国へでもまよいこんだような、へんな気持ちにならないではいられませんでした。
それにあたりがまっくらで、光といっては懐中電灯ただ一つだものですから、いっそうこわい夢でもみているような感じで、その奥底の知れぬやみの中から、何かとほうもない怪物が、今にもノソノソあらわれてくるのじゃないかと思うと、さすが勇敢な少年たちも、背中がゾーッと寒くなってくるのでした。
「ワーッ!」とつぜん、だれかがとんきょうなさけび声をたてました。
すると、それが洞くつにこだまして、どこか遠くのほうで怪物がわめいているような声が、「ワーッ、ワーッ、ワーッ。」と、いくつもいくつも、だんだんかすかになりながらひびいてきました。
「だれだッ。どうしたんだ。」
「びっくりするじゃないか。」
「ぼくだよ、ぼくだよ。」
「斎藤君じゃないか。どうしたんだい。」
「なんだか氷のようにつめたいものが、首のところへあたった。ああ、きみがわるい。」
「なあんだ。そりゃあ天井から水が落ちたんだよ。岩のわれめから山の水が落ちてくるんだよ。」大きな声を出しますと、遠くのほうから、怪物のようなこだまの声がかえってくるものですから、みんなそれにおびえて、ささやくような低い声で話しあうのです。
そうして、だんだん岩はだをつたいながら、洞くつを一周して、第二、第三、第四と、四つの枝道があることをたしかめましたが、相談のうえ、そのうちで、いちばん広い第二の道をえらんで、なおも奥へと進むことになりました。その枝道は、かなり広いので、四つんばいになる必要もなく、また一列縦隊をつくって歩きはじめましたが、十メートルも行ったかと思うと、もう道が二つに分かれていました。
「いくら道が分かれても、ひもがあるから大じょうぶだよ。ともかく、少しでも広いほうへ進むことにしようじゃないか。」先頭の小林君は、そう言いながら、右手の広い穴へとはいっていきました。
道は、あるところは広く、あるところはせまく、急な登り坂になると思えば、また下り坂になり、それがうねうねとまがりくねって、はてしもなくつづいていました。そのうえ、二十歩か三十歩あるくごとに枝道に分かれているのですから、まったくの迷路です。
「ああ、ずいぶん枝道があったね。いくつだかおぼえているか。」
「五つだよ。」
「ウン、五つだったね。もう道しるべのひもがなけりゃあ、とてももとの出口へ帰れないよ。ひもは大じょうぶだろうね。」
「大じょうぶ。でも、玉が小さくなっちゃったよ。もう二十メートルぐらいしか残っていないよ。ぼくたちは入り口から八十メートルほど歩いたんだね。」
「たった八十メートルかい。ぼくは五百メートルも歩いたような気がするぜ。」やみの中を、手をつないで歩きながら、篠崎君と桂君とが、ぼそぼそとささやきあっていました。先頭の小林君や羽柴君とはだいぶはなれていますので、遠くの懐中電灯の中に、前に進んでいく少年たちの頭が、まっ黒にチラチラするのが、やっと見わけられるばかりです。
「まるで、地獄へでも旅行しているようだね。鉱山の穴の中も、きっとこんなだろうね。」
「ウン、そうだね。ずいぶんきみが悪いけれど、でも、すてきだね。ぼくはこんなところへ来たの、生まれてはじめてだよ。」列の中ほどでは、やっぱり手をつなぎあった上村洋一君と斎藤太郎君とが、そんなことを話しあっていました。
すると、ちょうどそのとき、列の先頭から、小林団長の高い声がひびいてきました。
「おやッ、こんなとこに橋があるぜ。厚い板がわたしてある。」
その声といっしょに、小林君が立ちどまったものですから、やみの中の行列は、ピッタリととまってしまいました。