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大金块-恐怖的一夜(1)
日期:2021-10-28 23:48  点击:323

大金塊

江戸川乱歩

恐怖の一夜


 小学校六年生の宮瀬不二夫(みやせふじお)君は、たったひとり、広いおうちにるす番をしていました。
 宮瀬君のおうちは、東京の西北のはずれにあたる荻窪(おぎくぼ)の、さびしい丘の上に立っていました。このおうちは不二夫君のおじさんが建てられたのですが、そのおじさんが亡くなって、おばさんも子どももなかったものですから、不二夫君のおとうさまのものとなり、一年ほどまえから、不二夫君一家がそこに住んでいたのでした。
 このおうちを建てたおじさんというのは、ひどくふうがわりな人で、一生お嫁さんももらわないですごし、そのうえ人づきあいもあまりしないで、自分で建てた大きな家にとじこもって、こっとういじりばかりして暮らしていたのですが、このおうちも、そのおじさんが建てただけあって、いかにもふうがわりな、古めかしい建て方でした。
 全体で十二()ほどの二階建てコンクリートづくりの洋館なのですが、赤がわらの屋根の形がみょうなかっこうに入りくんでいて、まるでお城かなんかのような感じでしたし、その屋根の上に、いまどきめずらしい、石炭をたく暖炉(だんろ)の、四角なえんとつがニューッとつきでていて、おうちのかっこうをいっそう奇妙に見せているのでした。
 おうちの中もみょうな()どりになっていて、廊下がいやにまがりくねっているような建て方でしたが、この部屋部屋のかざりつけは、さすがにこっとうずきのおじさんがえらばれただけあって、みな美術的なりっぱなものばかりでした。
 なかにも階下にある広い客間なんかは、まるで美術陳列室といってもよいくらい、高価な美しい品物でいっぱいになっていました。(かべ)にかかっている西洋の名画、外国からわざわざ取りよせた、名人のこしらえたイスやテーブル、ほりものの美しいかざりだな、ペルシャ製のじゅうたんなど、こりにこった、とびきり高価なものばかりでした。
 宮瀬不二夫君は、そのりっぱなおうちの寝室で、今ベッドにはいったばかりのところなのです。
 おとうさまは会社のご用で、どうしても一晩、家をるすにされねばならなかったものですから、不二夫君は、広いおうちに、ひとりでるす番をしていたのです。もっとも書生や女中たちが、遠くの部屋にいることはいたのですが、それはみな(やと)い人なのですから、おとうさまがいられたときのように、心じょうぶではありません。
 では、おかあさまはといいますと、そのやさしいおかあさまは、四年ほどまえに亡くなられて、今では、宮瀬家の家族は、おとうさまと不二夫君のただふたりだけなのでした。
 春の夜もふけて、ベッドのまくらもとの置き時計は、もう十時をすぎていました。不二夫君は、いつもならば、もうとっくにねむっている時刻なのに、今夜はどうしたわけか、みょうに寝つかれないのです。寒くもないのに、なんだか背中がぞくぞくするようで、さびしくて、こわくてしかたがないのです。六年生にもなっていて、こんなおくびょうなことではだめだと、いくら元気をだそうとしても、なぜかすぐに気がくじけて、びくびくしながら、窓の外の物音に、耳をすますというありさまです。
 ベッドにはいるまえに、本を読んだのがいけなかったのです。それはおそろしい盗賊(とうぞく)の出てくる、西洋の物語だったのですが、さし絵にあった盗賊のものすごい姿が、わすれようとしてもわすれられないのです。今にもそのおそろしい賊が、あの窓からしのびこんでくるのじゃないかしらと考えると、もうこわくてこわくてしかたがありません。
 窓には厚い織り物のカーテンがしめきってあって、外を見ることはできませんが、そのカーテンのむこうのガラス窓の外は、広い庭になっていて、大きな木がこんもりとしげっているのです。もしかしたら、その木の下を、あやしげな黒い影が、しのび足で、こちらに近よっているのじゃないだろうか。不二夫君はそんなことまで考えて、毛布の中で身をちぢめているのでした。
 広いおうちの中は、あき家のように、しいんと静まりかえっています。ただ、まくらもとの置き時計の秒をきざむ音が、コチコチ、コチコチ鳴っているばかりです。それをじっと聞いていますと、みょうな(ふし)をつけて、だれかがものをいっているように感じられ、時計の音さえきみ悪くなってくるのです。
 不二夫君は、どうかしてねむろうと、目をかたくとじてみました。でも、いくら目をとじても、心はねむらないのですから、いろいろな考えがうかんできます。
「ああ、そうだ。あの本のお話には賊のおそろしい手紙が、しめきった部屋の中へ、どこからともなくまいこんでくるところがあったっけ。お話の中のおじょうさんも、やっぱりぼくみたいにベッドに寝ていたんだ。すると、ちょうどその顔のあたりへ、ひらひらと白い紙が落ちてきたんだ。」
 そう考えますと、不二夫君は、今、自分の顔の上にも、同じようなことが起こっているのではあるまいかと、ゾウッとしました。気のせいか、天井の方から、何かひらひらとまいおりてくるような、空気のかすかな動きが感じられます。
「ばかな、そんなばかなことがあるもんか。」
 不二夫君は、自分のおくびょうを笑ってやりたいような気持ちになって、パッと目をひらきました。そして、
「ほうら、どうだ、なんにも落ちてきやしないじゃないか。」
と、自分自身にいい聞かせてやろうと思ったのです。
 ところが、そうして目をひらいて、天井のほうを見あげたせつな、不二夫君は、あまりのおそろしさに、アッとさけびそうになりました。
 ごらんなさい。本のお話に書いてあったとおりのことが、いま、目の前に起こっているのです。天井から、寝ている不二夫君の顔の上へ、ひらひらと、一枚の白い紙がまいおりてくるのです。
 不二夫君は夢ではないかと思いました。心の中で思っていたことが、そっくりそのまま、じっさいに起こるなんて、こんなふしぎな、きみの悪いことがあるものでしょうか。
 しかし、夢でもまぼろしでもありません。白い紙はかすかな風を起こして、スウッと顔の上を通りすぎたかと思うと、ベッドの毛布の上に、ふわっと落ちたのです。
 不二夫君は、しばらくのあいだは、身をすくめて、じっとその紙を見つめていましたが、きみが悪ければ悪いほど、それがどういう紙だか、たしかめてみないでは安心ができません。
「もしやお話のように、おそろしい賊の脅迫状ではあるまいか。」


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