あやしい人影
十分ほどもかかって、やっと大岩を取りのけてみますと、あんのじょう、その奥に深いほら穴があることがわかりました。明智探偵はリュックサックから懐中電灯を取りだして、穴の中をてらしてみましたが、人間ひとりやっと通れるほどのせまい穴が、ずっと奥のほうまでつづいていて、行きどまりを見とどけることはできませんでした。
「おそろしく深い穴ですよ。むろん人間がほった穴じゃない。岩の中の石灰分がとけて、自然にできた穴ですよ。それだけに、奥がどんなふうになっているか、けんとうもつかないわけです。
小林君、きみのリュックサックにろうそくが入れてあったね。そいつをだして火をつけてくれたまえ。穴の中に悪いガスがたまっているといけないから、ろうそくを先に立ててはいってみることにしよう。酸素がすくなくなれば火が消えるわけだからね。地の底の深い穴を探検するときは、かならず、ろうそくを持っているものだよ。」
明智はふたりの少年のために説明しながら、小林君の火をつけたろうそくを受けとって、さきに立って、まっくらな穴の中へふみこんでいきました。二番めには小林君が、先生からわたされた懐中電灯を持って、そのつぎに不二夫君、いちばんうしろが宮瀬氏という順で、おずおず明智のあとにつづきました。
穴はうねうねとまがって、だんだんくだり坂になりながら、どこまでもつづいていましたが、やがて二十メートルほども進んだころ、道が二つにわかれているところへ出ました。
明智は三人をそこへ待たせておいて、両方の穴の奥のほうをしらべて帰ってきましたが、こまったような顔をして宮瀬氏にいうのでした。
「このままはいっていくのは、危険ですよ。このほら穴は枝道がいくつもあって、迷路のようになっているのです。あまり奥へ進んで、帰れなくなってはたいへんです。それに、もう日も暮れるでしょうし、だいいちみんな、おなかがすいてきたでしょう。一度、宿へ帰って、あしたゆっくり出なおしてくるほうがいいでしょう。こんどはおべんとうなんかも、じゅうぶん用意してくるんですね。」
「ええ、わたしもそのほうがいいと思います。それにあの漁師のじいさんも、海岸で待ちかねているでしょうからね。しかし、わたしの先祖は、じつに用心ぶかいかくし方をしたものですね。岩の戸を開けば、すぐにも金塊が手にはいるのかと思ったら、まだその奥があるんですからね。しかもそれが地の底の迷路というのでは、これからがたいへんですよ。」
宮瀬氏は、先祖の用心ぶかさに感じいったようにいいました。
「そうでしょう。そのころにしても百万両に近い大金ですからね。ご先祖が、用心のうえにも用心なさったのも、むりはありませんよ。」
明智は、宝さがしがむずかしくなったのを、かえって喜ぶようなおももちで答えました。
それから、また四人がかりで、大岩をもとのところへもどして、穴の入り口がわからないようにしておいて、そのまま、島の船つき場へ引きかえしましたが、漁師のじいさんは、もうちゃんと、そこに待ちかまえて、ぶじに一同を長島の町に送りとどけました。
さて、そのあくる朝です。四人は宿屋でぐっすりねむって、ひじょうな元気で目をさましました。きょうこそ、いよいよ大金塊を手に入れることができるのかと思うと、宮瀬氏はもちろん、明智探偵も、ふたりの少年も、心がおどるような気持ちです。
土地の人のこわがる鬼ガ島へ、二日もつづけて遊びに行くのを、みょうにうたがわれてはいけませんので、宿屋へは、あの島のめずらしい鉱物を見つけたから、それを採集に行くのだといって、きのうの漁師のじいさんを、むりにたのんでもらって、午前九時ごろ、長島町の海岸を出発しました。
きょうは、にぎりめしだとか、パンだとか、うんとおべんとうを用意して、みんなのリュックサックにつめてあるのです。地の底の迷路の中で、道にまよって、二日ぐらいはだいじょうぶおなかがすかないように、できるだけ食糧品をしいれたのです。それに、みんなの水筒にはお湯がいっぱいはいっています。
島につきますと、夕方、またむかえにくるようにといって、じいさんを帰し、四人は大急ぎできのうのほら穴にたどりつきました。大岩を取りのけて、東京からリュックサックに入れて持ってきた、長い細引きのはしを、ほら穴の入り口の岩かどにくくりつけ、その細引きをつたって中へはいることにしました。まんいち迷路にまよったときの用心です。
きのうのように、明智がろうそくを持って先に立ち、小林君と不二夫少年とは懐中電灯をてらし、宮瀬氏は登山用のピッケルをにぎりしめて、あたりに気をくばり、用心しながらほら穴の中へはいっていきました。
そのとき、四人がもう少し注意ぶかく、島ぜんたいをしらべておけばよかったのです。そうすれば、あんなおそろしいめにあわなくてすんだかもしれません。
でも、岩屋島はまったく無人島かと思いこんでいたものですから、さすがの明智探偵も、ついゆだんをして、そこまでは気がつかなかったのです。
ごらんなさい。何も知らないで四人がほら穴へはいっていくのを、あのカラス岩の岩かげから、そっとのぞいているやつがあるではありませんか。
せびろの洋服を着てゲートルをつけて、鳥打ち帽をまぶかくかぶって顔をかくすようにして、じっとほら穴の入り口を見つめています。
むろんこのへんの人ではありません。都会から来た旅人です。その男は、いったいどこからこの島へ上陸したのでしょう。もし、けさ、長島町から島へわたったのだとすれば、せまい町のことですから、漁師のじいさんが知っているはずです。ところが、じいさんはそんな客があったということを、一度もしゃべらなかったではありませんか。
なんにしても、あやしい人物です。この島のどこかに、人知れずそんな人物が住んでいたのでしょうか。それとも、もしかしたら、土地の人がこわがっている、あの鬼のたましいとやらが、人間の姿にばけて、島をあらしにやってきた四人のものに、あだをしようとしているのではないでしょうか。
四人の探検隊の行くてには、何かしら、おそろしい運命が待ちうけているような気がします。
地の底で、大金塊を見つけるまえに、思いもよらぬ大事件が起こるのではないでしょうか。