チンピラ別働隊
手塚家の蔵の前で怪事件がおこった同じ日の夕方のことです。もう暗くなりはじめた上野公園の、とある広っぱで、きたないカーキ色の服を着た、げたばきの、帽子もかぶらない少年が、しきりに口笛をふいていました。
浮浪少年にしては、顔色がよく、まるでリンゴのような頬をしています。オヤ、どっかで見たような顔だぞ。アア、わかった。小林少年です。服装がかわっているけれど、たしかに明智探偵の助手の小林君です。
これで、小林君が明智探偵といっしょに、手塚家へこなかったわけがわかりました。しかし、いったい小林君は、こんな妙な変装をして、公園なんかで、何をしているのでしょう。
しばらく口笛をふいていますと、それがあいずだったとみえて、むこうの木立ちの中から、小林君と同じようなきたないふうをした十二三歳のチンピラ小僧がひとり、かけだして来ました。この子供の小林君とちがうところは、年が二つ三つ下なのと、頭の毛がボウボウにのびているのと、顔色のわるいことでした。
「ヤァ、小林のあにい、何か用かい?」
チンピラは小林君に近よると、なつかしそうな顔をして、へんなことをいいました。
「ウン、きょうはきみたちにたのみたいことがあるんだ。なかまをみんなあつめてくれ。」
小林君はこのきたないチンピラとなじみとみえて、したしい口をききます。
チンピラはいきなりかけだして行きましたが、しばらくすると、同じようなきたない浮浪児を十五六人もつれて帰って来ました。
「サア、きみたち、ぼくのまわりに輪を作ってならぶんだ。」
子供たちは命令のままに、すばやく、小林君のまわりにならびました。小林君はこのチンピラどもに、よほど人気があるようです。
さて、そこで、小林君はエヘンと一つせきばらいをすると、ふしぎな演説をはじめたものです。
「諸君――おまえたちのことだぞ、諸君は親方の命令をうけて、モクひろい(たばこひろいのこと)を商売にしている。そこまではいいんだよ。ところがきみたちは、ときどきカッパライもやっている。ごまかしたってだめだ。ぼくはちゃんと知っているんだよ。しかし、諸君はけっして、カッパライなんか、やりたくてやってるんじゃない。しかたがないからやっているんだね。ね、そうだね。それはね、きみたちには、おとうさんやおかあさんがいないからだ。やしなってくれる人がないからだ。だがね、それだからといって、こんなことをいつまでもつづけていちゃあ、ろくなもんにならない。そこで、諸君にそうだんがあるんだよ。どうだい、みんな、ぼくたちのやっている少年探偵団のなかまにならないか。」
「少年探偵団ってなんだい?」
チンピラが口々にたずねました。
「まてまて、いま、説明するよ。きみたちは名探偵明智小五郎を知ってるかい?」
「アケチなんてやろう、知らねえな。」
「ウン、知ってる、知ってる。いつか、三ちゃんのあにいがいってた。すげえ私立探偵だってね。」
明智の名を知っているものが、五六人ありました。
「よし、わかった。とにかく、そのすげえ私立探偵なんだよ。ぼくはその明智探偵の弟子さ。少年助手っていうんだよ。ところで、その弟子のぼくが団長になって、小学生や中学生で少年探偵団っていうのを作っているんだ。悪者をつかまえるために、子供にできることをやって、世の中のためになろうってわけなんだよ。
ところで、諸君は青銅の魔人という悪者を知っているだろうね。」
「知ってる。」
「知ってる。」
チンピラの全部が、生徒のように手をあげて答えました。あの怪物は、新聞に出はじめてからわずか一ヵ月あまりで、これほど世間をさわがせているわけです。
「敵はあの青銅の魔人なんだ。こわいか。」
「おっかねえもんか。オラ、あいつと話したことがあるぜ。」
チンピラはときどき、こんなうそをいうものです。しかし、ふつうの子供とちがって、ひとりもこわいというものはありません。
「ほんとうなら、ぼくたちの少年探偵団がやる仕事だけれど、なにしろこんどは相手が相手だし、夜中の仕事だからね。学校へ行っている団員たちにはやらせられないんだ。そういう危険なことをやらせてはいけないって、明智先生から、きびしくいいつけられているんだよ。
ところが、諸君は夜中なんか平気だね。ほんとうはそんなふうじゃいけないんだけれど、きみたちはおとなみたいになってしまっているんだからね。そこで、こんどの仕事は、ひとつきみたちに頼もうってわけさ。でもまだ本団員にはしないよ。きみたちみたいなのをなかまに入れたら、ほかの団員がおこるからね。少年探偵団チンピラ別働隊っていうのを作るんだ。きょう、その結成式だよ。」
「チンピラなんて、やだな。もっと、ましなのにしてくんなよ。」
二三人、異議を申したてるものがありました。
「諸君は知らないがね、イギリスに私立探偵の大先生がいるんだ。シャーロック・ホームズ先生っていうんだよ。このえらいホームズ先生が、やっぱり、君たちみたいなチンピラやおとなの浮浪者を助手につかって、悪者をつかまえたことがあるのさ。そのイギリスの探偵団の名は『パン屋町のごろつき隊』っていうんだ。このごろつき隊が、とてもえらい手がらを立てたものだから、世界中に知れわたって、みなにほめられているんだぜ。だからさ、チンピラ別働隊だって、ちっとも悪い名じゃないよ。」
小林君はなかなかうまいことをいいます。こんなふうにおだてあげられたので、チンピラ君たちも、なっとくしたのか、だまりこんでしまいました。
「さて、今夜の仕事だがね、今夜十時ごろに、青銅の魔人がある家へしのびこむことがわかっているんだ。君たちはその家の塀の外にかくれていて、魔人が逃げだすのを見たら、ソッとあとをつけるんだよ。みんなでつけちゃいけない。見つけたものふたりか三人でいいんだ。そして、あの怪物のすみかをつきとめるんだよ。そうすれば、あとはお巡りさんがつかまえてくれる。どうだい。すばらしい仕事じゃないか。ぼくもきみたちといっしょに、まちぶせするよ。
それからね、きみたちがうまく手がらを立てたら、明智先生にお願いして、モクひろいなんかしないでもいいようにしてあげるよ。そして、学校へ行けるようにしてあげるよ。」
チンピラ諸君は、もとより冒険ずきです。人のあとを尾行するなんて、お手のものです。おとなが尾行すればすぐ気づかれますが、十二三歳のチンピラがついて来たって、だれも気にしないからです。そのうえ、からだが小さくて、すばしっこいと来ています。チンピラ諸君十六人は、むろん小林君の申し出に同意しました。
小林少年は、みんなに電車のきっぷを買ってやり、チンピラ別働隊を五つにわけて、あまり目立たないように、べつべつに電車にのせ、港区の手塚家の近くまで連れて行きました。
チンピラ諸君は、カッパライの経験もあるくらいですから、人に気づかれないように立ちはたらくことは、じつにうまいものです。小林君がいちいちさしずをしないでも、ちゃんと気をきかせて、手塚家の塀のまわりへ、あちらにふたり、こちらに三人とうまく手わけをして、たちまちひとりのこらず身をかくしてしまいました。
それが夜の八時すぎのことでした。それから二時間ほど寒い道ばたに、じっとかくれている苦しさは、なみたいていのことではありません。ふつうの子供だったら、たちまちカゼを引いてしまうところですが、チンピラ諸君はなれたもので、それぞれワラやゴザなどをひろって身をくるみ、さもたのしげに、怪人の出現を、今やおそしと待ちかまえるのでした。