犯人はここにいる
うす暗いトンネルを、ひとまがりすると、別の部屋の入口があります。そこは、読者諸君は、とっくにごぞんじの、例の時計の部屋でした。かずかぎりなく、ならんでいる、大小さまざまの時計に、三人が目を丸くしたことは、いうまでもありません。
「手塚さん、ごらんなさい。あなたの皇帝の夜光の時計が、ここにあります。もうだいじょうぶですよ。ここを出る時に、持って帰ればいいのです。」
手塚さんは、目をかがやかせて、時計を見つめていましたが、明智がズンズン歩いて行くので、長くそこに立ちどまっているわけにも行きません。
それから絵の部屋、織物の部屋などを通りすぎ、仏像の部屋にはいりました。いちばん気味のわるい部屋です。天井からつるした石油ランプの、あわい光の中に、お化けのような仏像が、かさなりあって、立ちならんでいるのです。
「おどろいたものだなあ。こんな広い地下室をつくり、これだけの美術品を集めるのは、よういなことじゃない。やつは、いつのまに、こんな大仕事をやったものだろうね。」
中村警部は、感にたえたように、つぶやくのでした。
「ぼくもおどろいたがね。今ではそのわけがわかっている。この美術品の大部分は、長いあいだに集めたもので、いぜんは別のところにかくしてあったのだ。この地下室も徳川時代のすえに、ある大名が、秘密の会合の場所として造らせたものだが、それが明治になってから、持ち主もかわり、入口もふさがって、だれにも知られないでいたのだ。
魔人のやつは、戦争後、ある古文書によって、この地下室のあることを知り、ひそかに手入れをして、美術品をはこびこんだ。大きな仏像を持ちこむために、古井戸の底の石かべをこわして、また元どおりになおしたあとも残っている。
どうです。手塚さん、この土地の持ち主のあなたも、ごぞんじないことを、ぼくは知っているのですよ。ハハハヽヽヽ。」
明智はなぜか、意味ありげに笑うのでした。
それから一同が、仏像のあいだを進んで行くうちに、どうしたことか、今まで先にたって歩いていた明智の姿が、フッと見えなくなってしまいました。ちょうど人間ぐらいの仏像がたくさんならんでいるので、その中にまじってしまって、明智がどこにいるのか、わからなくなったのです。
「明智君、どこへ行ったんだ。明智君、明智君……。」
呼んでも答えるものはなく、うす暗い部屋はシーンとしずまりかえって、立ちならぶ仏像の顔が、みな笑っているように見えます。さすがの中村警部も、なんだか、うす気味わるくなって来ました。
三人は明智をさがしながら、仏像のあいだを、まよいあるいていましたが、ふと気がつくと、どこからともなく、いやな、いやな物音がきこえて来ました。アア、あの音です。ギリギリ、ギリギリ、魔物が歯ぎしりをかんでいるような、あの歯車の音です。
三人はハッとして、釘づけになったように、そこに立ちすくんでしまいました。
すると、かさなりあった仏像のあいだから、チラッと、青黒いものが見え、それが、だんだん大きくなって、やがて、ヌーッと、三人の目の前に、あの化けものが、青銅の魔人があらわれたのです。
三人はジリジリと、あとじさりをしました。魔人は、それを追うように、ゆっくり、ゆっくり、こちらへ近づいて来ます。ゴム人形ではありません。足を動かして、人間と同じように歩いてくるのです。両手をひろげて、今にも、つかみかかろうとしているのです。
ところが、気がつくと、もっとふしぎなことがおこっていました。大きな魔人のうしろに、別の青黒いものがチロチロと動いているのです。しかし、それが、やっぱり魔人の姿をしています。小型の魔人です。魔人にも子供があるのでしょうか。ひとり、ふたり、三人……三人の小魔人です。それが、手を引きあって、大きな魔人のうしろから、チョコチョコと歩いてくるのです。
「まてッ、そこから一歩でも進んでみろ、これだぞッ。きさま、いのちがないぞッ。」
中村警部は、手塚さんをかばうようにして、ピストルをかまえました。
すると、アア、またしても、ギョッとするようなことが、おこったのです。どこからともなく、きこえてくる、クスクスという、しのび笑い、それが、だんだん大きくなって、ついにワハハヽヽヽヽヽと、人をばかにした大笑いになりました。魔人は笑っているのです。腹をかかえて笑っているのです。
あっけにとられていますと、魔人は両手で自分の頭をかかえるようなかっこうをして、それからその手をグッと上のほうへのばしました。すると、魔人の首がスッポリとぬけて、宙にういたではありませんか。イヤ、そうではありません。魔人の顔が二つになったのです。両手にささえられて、はるか頭の上のほうにうきあがった顔と、もとの胴体についているもう一つの顔と。
その胴体についているほうの顔は、青銅色ではなく、ふつうの人間の顔でした。なんだか見おぼえのある顔です。その顔がニコニコと笑いました。
「ぼくだよ、ぼくだよ。たびたび、おどろかせて、すまなかったね。ゴム人形のほかに、こういう魔人もいるということを、きみたちに見せておきたかったのだよ。」
それは明智探偵でした。首がぬけたように見えたのは、かぶっていた青銅の首から上をとりはずして、両手でささえたのです。青銅の頭のうしろのところで、たてにわれるようになっていて、鍵でそれをひらくと、自由にとりはずせるのです。
「これが、青銅の魔人のほんとうの正体だよ。つまり、青銅のよろいを着て、青銅の首をかぶっているのさ。これなら自由自在に歩きまわれるからね。……ところで、ぼくのうしろにいる、三人の小さな魔人は、なんと思うね。ほかでもない、これが昌一君と雪子ちゃんと小林だよ。魔人の着物を着せられているんだ。この大きいのが小林、中ぐらいなのが昌一君、いちばん小さいのが雪子ちゃんだよ。」
それをきくと、手塚さんは「オオ」とさけんで、よろめくように、前にすすみました。小魔人たちは、ひとかたまりになって、手塚さんのほうへ近づきました。手塚さんは両手をひろげて、いちばん小さい魔人を、つまり雪子ちゃんを、さもなつかしげに、だきかかえるのでした。
子供たちはぶじでした。たいせつな夜光の時計もみつかりました。あとには、あのにくむべき青銅の魔人をとらえることがのこっているばかりです。
「明智君、いつもながら、きみのうでまえには、かぶとをぬぐよ。たびたび、びっくりさせられたが、これはきみのわるいくせだね。しかし、マア、そんなことはどうだっていい。ところで、明智君、かんじんの犯人は、青銅の魔人はどこにいるんだね。まさか、きみともあろうものが、犯人をにがしたわけではあるまいね。」
中村警部は明智の前につめよって、なじるようにいいました。
「ものには順序があるよ。犯人をひきわたすのは、いちばんあとだ。けっして逃がしゃしないよ。」
明智は自信ありげに、ニコニコして答えました。
「ウン、さすがは明智君だ。で、その犯人はどこにいるんだね。」
「ここにいる。」
警部はおどろいて、キョロキョロと、あたりを見まわしました。うす暗い石の部屋に、ニョキニョキと立ちならぶ、人間のような仏像たち、かくれんぼには、もってこいの場所です。
「またきみのくせがはじまった。じらさないで、ハッキリいいたまえ。あいつは、いったい、どこにいるんだ。」
「ここにいるんだよ。」
「こことは?」
首から下は青銅の魔人そっくりの明智が、右手をあげて青銅のひとさし指を、まっすぐにのばし、すぐ目の前をゆびさしました。
警部はハッとして、その指さきの方角を見つめます。
ふしぎなことに、その方角には、べつにあやしいものは、いないのです。手塚さんと三人の小魔人と刑事と、そのうしろに二つの仏像が立っているばかり、あとは入口のドアーです。
しかし、明智の指は、ある一点をさししめしたまま、すこしも動きません。これがわからないのかといわぬばかりです。
警部はもう一度、その方角を見なおしました。ひとみをさだめて、じっとにらみつけました。
明智の指は、どうやら手塚さんを、さしているようです。いくら見なおしても、そうとしか考えられません。中村警部は、とほうにくれました。手塚さんが青銅の魔人であるはずがないと思ったからです。