怪人二十面相だッ
「手塚さん。」
その時、明智は手塚さんのほうにむきなおって、つよく呼びかけました。
「魔人の秘密は、なにもかもわかってしまったのだ。このへんで、かぶとをぬいではどうです。」
「エッ、かぶとをぬぐとは?」
ねまきすがたの手塚さんは、昌一君、雪子ちゃんのふたりの小魔人を両手にかかえるようにして、けげんらしく明智の顔を見かえしました。
「青銅の魔人はきみのほかにはない。」
「エッ、私が青銅の魔人? ハハハヽヽヽ、何をおっしゃる。ふたりのかわいい子供をさらわれたうえ、自分もここへつれこまれて、さっきまで、しばられていたのです。その私が、青銅の魔人だなんて、ソ、そんなバカなことが……。」
「しばられたのじゃない。自分でしばったのだ。きみはゆうべ、魔人にさらわれたように見せかけて、ねまき姿のまま、廊下から庭へとびおり、古井戸を通ってここにかくれた。手塚氏は行くえ不明というわけだ。そして、この青銅の魔人のおしばいをうちきりにしようとしたのだ。手塚氏も、青銅の魔人も二度とふたたび、この世に姿をあらわさないはずだった。
ところが、ふしぎなことがおこった。きみが井戸をのぞいてみると、底には一滴の水もなかった。ふつうならば、縄ばしごで中途までおりて、石がきのすきまにかくしてあるボタンをおすと、モーターが動きだして、水がすいあげられるのだが、そのボタンをおさないまえに、水がすっかりなくなっていた。
きみはおどろいて縄ばしごをおり、地下道にはいって、水を出すほうのボタンをおしたが、機械に故障ができたのか、水はすこしも出ない。石がきのうしろのモーターをしらべてみると、電気の動力線が切れていた。急にはどうすることもできない。ウロウロしているうちに、夜があけてしまった。たのみに思う道化師も、どこへ行ったのか、姿を見せない。その時、井戸の外にぼくたちの話し声がきこえた。なんだか縄ばしごでおりてくるらしいようすだ。さあ、運のつきだ。
しかし、そんなことでまいってしまうきみじゃない。とっさに、うまいことを考えついた。自分で自分をしばって、ころがっていればいいのだ。そして、ぼくらがはいって来たら、青銅の魔人にこんな目にあわされたといえばいいのだ。
ところがね、手塚君、電気の線はしぜんに切れたのじゃない。このぼくが切っておいたのだよ。きみを追っかけて、ここへはいってくるときに、水なんかあっては、じゃまだからね、機械をまったく動かないようにしてしまったのさ。
きみは魔人にかどわかされたのでなくて、自分でかってにここへはいって来たのだ。どうだい、ぼくが今いった順序に、どこかまちがったところがあるかね。」
しかし、手塚さんはまだかぶとをぬぎません。まっさおな顔になって、口をモグモグさせながら、こんなことをいうのです。
「じゃあ、この昌一と雪子はどうしたのだ。自分の子供を、そんなひどいめにあわす親があると思うのか。」
「そのふたりはきみの子供じゃない。」
明智がズバリといってのけました。
「エ、エッ、なんだって? これが私の子供じゃない?」
「手塚さんは戦争の時召集せられて、五年あまりも帰らなかった。戦場で行くえ不明になってしまったのだ。おくさんはいつまでまっても手塚さんが帰ってこないし、戦死の知らせもないので、心配のあまり病気になって、もう物もいえないほどわるくなっていた。そこへきみが手塚さんだといつわって、帰って来たのだ。おくさんは重態のことだから、きみを見わけることができなかった。十三と八つのふたりの子供に、五年前にわかれたおとうさんの顔が、ハッキリわかるはずがない。そのうえ、きみは日本一の変装の名人だった。きみはそこをねらったのだ。そして、みごとに手塚さんになりおおせたのだ。」
読者諸君、ここで一度、このお話のはじめのほうの「夜光の時計」の章を見てください。そこに手塚さんが兵隊から帰って来た時のことが書いてあります。
「フフン、そんなことはきみのでたらめだ。わずか夜光の時計一つとるために、そんな苦労をするやつがあるものか。」
「ところが、きみの目的はほかにあった。それはな、きみは世間の人をアッといわせたかったのだ。イヤ、それよりも、この明智小五郎を、アッといわせたかったのだ。きみとしては、ぼくにはずいぶん、うらみがあるはずだからね。」
「なんだって、きみにうらみだって?」
「そうさ。奥多摩の鍾乳洞で会ってから、もう何年になるかな。あの時きみはすぐ刑務所に入れられたが、一年もしないうちに、刑務所を脱走して、どこかへ姿をくらましてしまった。さすがに戦争中は悪事をはたらかなかったようだが、戦争がすむと、またしても昔のくせをだしたね。」
「ナ、なんのことだか、さっぱりわからないが……。」
「ハハハヽヽヽ、しらばくれるのも、いいかげんにしろ。きみがどんなに変装したって、ぼくの目をごまかすことはできない。きみは怪人二十面相だっ。」
グッと右手をのばして、手塚さんの顔のまん中をさす明智の青銅の指。ハッとして、タジタジとなる手塚さん、イヤ、怪人二十面相。
「中村君、今まで、きみにもいわないでいたが、こいつが、警察にとっても、うらみかさなる怪人二十面相だ。」
アア、怪人二十面相。二十のちがった顔を持つといわれた、魔術師のようなあの怪物が、とうとう正体をあばかれたのです。「怪人二十面相」「少年探偵団」「妖怪博士」などの本を読まれた読者諸君は、よくごぞんじの、あの二十面相の賊です。それが、こんどは青銅の魔人という、おそろしいかくれみのを発明して、世の中をさわがせていたのです。
中村警部も刑事もむろん怪人二十面相のことはよく知っていました。明智の口からその名をきくと、パッと目の前がひらけたように、すべてのなぞがとけました。怪人二十面相なら、どんなとっぴなことだってやりかねないやつです。青銅の魔人とは、あいつにふさわしい思いつきではありませんか。
しかし、中村警部と刑事とが、二十面相のほうへ、とびかかって行った時、すばやい二十面相は、昌一君、雪子ちゃんのふたりの小魔人を両わきにかかえて、いちはやく走りだしていました。
立ちならぶ仏像のあいだを、かいくぐって、部屋の一方のすみに逃げこむと、ふたりの子供を足でおさえつけておいて、そこの石がきのすきまに手を入れ、何か円筒形のものを取りだし、いきなり、それを頭の上にさしあげました。
「ワハハハヽヽヽ、明智君、さすがに、まだ腕はにぶらなかったね。だが、おれはつかまらないよ。いくらでも奥の手が用意してあるんだ。さあ、一歩でも近づいてみろ。この手榴弾で、こっぱみじんだぞッ。」
どうして手に入れたのか、その円筒形のものはおそろしい爆発薬だったのです。アア、あぶない。二十面相がいのちをすててかかれば、この部屋にいる者は、みなごろしになってしまいます。
明智小五郎はおどろいて逃げだしたでしょうか? イヤ、イヤ、逃げるどころか、名探偵は二十面相の前に、立ちはだかって、いきなり笑いだしました。おかしくてたまらないというように肩をゆすって笑いだしたのです。
「アハハハヽヽヽヽ、きみは、それが爆発すると思っているのか。よくしらべてごらん。中身が、からっぽになってやしないかい。」