小林少年
このぶきみな出来事と、勇一君の近くに魔法博士がひっこしてきたことと、なにか関係があるのでしょうか。あるのかもしれません。ないのかもしれません。それは、もっとあとにならなければ、わからないのです。
さて、魔法博士にはじめてあった、あの日曜日から六日のちの土曜日のことでした。勇一君は、学校の帰りに、ただひとり、わざわざまわり道をして、魔法博士の洋館の前を通りかかりました。
勇一君は、あれいらい、毎日のように、そうして洋館の前を通ってみるのですが、いつも、鉄の門がしめきってあって、赤レンガの建物の中にも、人がいるのか、いないのかわからないほど、しずかなので、ものたりなく思いながら、通りすぎてしまいました。
ところが、きょうは、その鉄の門がすっかりひらいていて、勇一君が通りかかると、中からだれか出て来たではありませんか。ハッと思って、よく見ると、わすれもしない、あのコウモリの、羽のような外とうを着た、魔法博士でした。歩くたびに、黄色と黒のダンダラになった長いかみの毛が、フワフワゆれて、大きなべっこうぶちのメガネがキラキラ光っています。
「おじさん!」
勇一君は、おもいきって、声をかけてみました。すると、魔法博士はこちらを向いて、ニコニコ笑いながら、
「おお、キリン・チームの天野勇一君だね。ハハハハハハ、よく知っているだろう。きみの名まえは、あのとき、きみのお友だちから、ちゃんと聞いておいたんだよ。きみのうちも知っているよ。ほんとうのことを言うとね、わしは、これからきみのうちへ行って、おとうさんにお目にかかろうと思っているのさ。」
「えッ、ぼくのおとうさんに? おじさんは、おとうさんに、何かご用があるんですか。」
「いや、べつだん用というほどでもないがね、ほら、このあいだ、きみたちと約束しただろう。わしのうちの中にできている、ふしぎの国を見せてあげると言ったね。じつは、あすの日曜日に、このごろ知りあいになった少年諸君を、十二、三人、わしのうちへご招待しようというわけなのさ。それで、おとうさんや、おかあさんがたにも、いっしょにおいでくださるように、これから、みんなのうちへ、ごあいさつに行くところなんだよ。」
「わあ、すてき。ぼく、おじさんのうちの中が見たくてしようがなかったんですよ。だから、毎日学校の帰りに、この前を通るんだけれど、いつも門がピッタリしまっていて……。」
「ワハハハハハハハ、そりゃ、きのどくをしたね。あすは、じゅうぶんに見てもらうよ。魔法博士のふしぎの国は、じつにすばらしいからね。びっくりして、目をまわさないようにするんだね。」
「ヘエー、そんなに、おどろくようなものがあるの?」
「あるのないのって。ワハハハハハハ、いや、これは秘密、秘密。万事あすのおたのしみだよ。」
ふたりは、いつか洋館の前をはなれて、勇一君のおうちのほうへ、歩いていました。背が高くて、肩はばが広くて、ガッシリした魔法博士、猛獣のたてがみのようにフサフサした黄と黒のかみの毛、ヒラヒラするコウモリの羽のマント。それにならんで、博士の胸のへんまでしかない、小さな勇一君が、チョコチョコ走るようにして、ついて行きます。
「おじさん、ぼく、お友だちをつれていっても、いいでしょうか。」
「えッ、お友だちって? 学校の友だちかね。」
「いいえ、ぼくのしんせきの人です。」
「ふーん、やっぱり、きみのような子どもなんだろうね。」
「ええ、子どもだけれど、ぼくより三つ大きいのです。小林っていうんです。」
「えッ、小林芳雄? はてな、聞いたような名だぞ。もしや、その人は、探偵の助手の小林少年じゃあないのかね。」
「ええ、そうです。おじさん、よく知ってるんですねえ。明智探偵にあったことがあるんですか?」
「いや、あったことはないがね。新聞や本でよく知っているのさ。あの小林少年なら、わしのほうでもぜひ来てもらいたいね。小林少年のしんせきだとすれば、きみは明智探偵も知っているんだろう。なんだったら、明智さんもおまねきしたいものだが。」
「明智先生は、いま病気で寝ているんです。」
「どこが悪いんだね。」
「ぼくもよく知らないけれど、もう二週間も寝ているんですって。そして、まだ熱がとれないんですって。」
「ふうん、それはいけないね。だが、小林少年が来てくれるとはゆかいだ。きみは、このごろあったのかね。」
「ええ、二、三日まえに。そして、おじさんのふしぎの国の話をしたらばね、小林さんは、ぜひ見たいって言うんです。もし、きみがさそわれたら、ぼくも呼んでくれって言っていました。ぼく、きっとそうするって、約束しちゃったんです。」
「そりゃあ、よかった。じゃあ、きみのおとうさんにも、そのことを話しておこうね。」
やがて、ふたりは勇一君のおうちにつきましたが、つごうよく、おとうさんも会社からお帰りになっていたので、魔法博士は応接間に通されて、そこで、しばらくおとうさんと話をして帰りました。
勇一君のおとうさんは、あすの日曜日は、ほかに約束があって、ふしぎの国を、見に行けないけれども、小林少年が勇一君といっしょに行くのなら、すこしも心配することはないと考えられ、小林君とも電話でうちあわせをしたうえ、魔法博士に、子どもふたりだけでおじゃまさせるからと、お答えになったのでした。