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虎牙-空中浮游术
日期:2021-11-07 23:41  点击:265

空中浮遊術


 そのとき、魔法博士は、白いマントをコウモリの羽のようにヒラヒラさせながら、両手で空中をなでるしぐさをしますと、みるみる、その雨戸ほどもあるカードが、笑っている女王さまもろとも、空気の中へとけこむように、スーッと消えていってしまいました。
 魔法博士の白い姿が、舞台のまん中に立ってうやうやしく一礼しました。
「みなさん、おどろいていますね。ふしぎですか。ハハハ……。しかし、これぐらいのことでおどろいてはだめですよ。これはほんのこてしらべでふつうの手品師にだってできる奇術ですよ。あとで、種明(たねあ)かしをして見せましょうね。」
 博士はそこで、ちょっとことばをきって、例の白いマントをヒラヒラさせ、ニコニコ笑いながら、つづけました。
「さて、つぎの魔術ですが、これはわたしひとりではできません。みなさんのうちのだれかが、この舞台にのぼってくださらなければ、できないのです。エーと、天野勇一君、きみ、ちょっとここへあがってください。きみはこの中で、いちばんかわいい顔をしているし、なかなかかしこいし、それに、背の高さがちょうどいいですよ、さあ、ここへいらっしゃい。」
 見物席の前列にいた勇一君は、博士にまねかれても、すぐに立ちあがる気にはなれませんでした。なんだかきみが悪いのです。
「ハハハ……、はずかしがっていますね。なあに、きみにへんなことをやらせるわけではありませんよ。いま助手がここへ一つの寝台を持ってきますからね。きみはその上に寝ていればいいのです。さあ、勇気を出して、ここへあがっていらっしゃい。」
 勇一君は、臆病者(おくびょうもの)と言われるのは、いやですから、思いきって、舞台にあがってみようと考えました。となりに腰かけている小林君に、目で相談しますと、小林君も、うなずいてくれましたので、いきおいよく、席を立って、舞台へあがって行きました。
 すると、舞台の奥から、食堂のボーイのような、白いつめえり服を着たふたりの助手があらわれ、長イスのような、きれいな小がたの寝台を、つりだして、舞台のまん中におきました。その舞台は赤や青の美しいもようのある白いきれでおおわれ、それに銀色のふさがついて、寝台の足の上部をグルッととりまいています。ふさの下から見えている木の足も白くぬってあります。つまり、まっくろな背景の前に、その白い美しい寝台が夢のように、クッキリと浮きだして見えるのです。
「勇一君、これを着てください。魔術というものは美しくなくては、いけないのでね。」
 魔法博士は、助手が持ってきた白絹の道化服のようなものを、勇一君の洋服の上から着せてしまいました。
「ほう、よくにあう。かわいいぼっちゃんになったね。さあ、その美しい寝台の上に、横になってください。いま、わたしが魔法を使うと、きみは、おとぎ話のように、ふわりふわりと空中旅行ができるのですよ。」
 勇一君が、言われるままに、寝台の上に横になりますと、魔法博士は、その上におっかぶさるようにして、耳のそばに口をよせ、ボソボソと、なにごとかささやきました。勇一君は、ニッコリしながら、しきりにうなずいています。博士は、これからやる奇術の種を、そっと教えたのかもしれません。
 見物席の少年たちは、いったいどんなことがはじまるのかと、目を皿のようにして、舞台を見つめています。
 魔法博士は寝台の横に立って、正面を向くと、見物席に向かって、また、うやうやしく一礼しました。
「さて、いよいよこれから、空中浮遊術という大魔術をお目にかける。ここに寝ている天野勇一少年のからだが、わたしの魔法によって、空気よりもかるくなる。そして、ふわふわと宙に浮きあがるのです。たのしい空中旅行をやるのです。だが、それだけではない。もっとおもしろいことがおこる。みなさんが、アッと言ったまま、口がふさがらないような、とほうもないことがおこるのです。では、これからはじめますよ。」
 口上(こうじょう)をおわると、魔法博士は寝台から二メートルほどはなれたところに立って、寝ている勇一君の顔を、ジーッと見つめました。まるで催眠術でもかけるように、いつまでもにらみつけているのです。
 見物席の前列にいた小林少年は、博士の目が、まんまるになったのを見て、ギョッとしました。博士はいつも糸のようにほそい目をしていたからです、生まれつき、ほそい目だと思いこんでいたからです。それが、いまはカッと見ひらかれて、まんまるに見えるではありませんか。べっこうぶちの大きなメガネの玉の中が、目でいっぱいになっているのです。
 催眠術をかけるときには、人間の目は、あんなおそろしい形になるのでしょうか。世間には、目の大きい人がたくさんあります。しかし、いまの博士の目は、ただ大きいだけではありません。なんだか人間の目とは思われないような、ふしぎな光をはなっているのです。
 猛獣の目です。猛獣が、いまにもえものに飛びかかろうとするときの、あの身の毛もよだつ目のいろです。
 小林君は、思わずイスから立ちあがろうとしました。そして、いきなり、舞台にかけあがって、「この奇術はよしてください!」とさけびたいほどに思いました。
 ところが、小林君がそう思ったときには、博士の目は、いつのまにか、もとのようにほそくなっていました。猛獣の目はどこかへ消えてしまって、いつものやさしいほそい目にかわっていました。
「それじゃあ、いまのは気のせいだったのかしら。メガネの玉が光って、あんなふうに見えたのかしら。」
 小林君は、立ちかけた腰をおろして、首をかしげました。しかし、なんだか胸がドキドキしてしかたがありません。ああ、いまにも、ゾッとするような、おそろしいことがおこるのではないでしょうか。


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