怪老人
その日の午後、小林君が用たしにでて、探偵事務所の横の、コンクリート塀のところを歩いていますと、紙しばい屋が、おおぜいの子どもをあつめているのに、であいました。
紙しばい屋は、きたない背広服を着て、破れたソフトをかぶり、太いふちのロイドメガネをかけた、ヨボヨボのじいさんで、頭の毛も、胸までたれて、あごひげも、まっ白です。
じいさんは、その長いあごひげを、ふるわせながら、しきりと紙しばいの説明をしています。
「ソーラ、これが魔法博士の魔法の虎じゃ。見なさい、ランランたる両眼、つるぎのように、するどい牙、この猛虎が、少年探偵団の小わっぱどもを、一のみにしてくれんと、にらみつけているところじゃ。」
小林少年は、びっくりして立ちどまりました。なんてすばやい紙しばい屋でしょう。もう魔法博士の事件をしくんで、子どもたちに見せているのです。事件のことは、大きく新聞に出たので、それが早くも紙しばいになっているのは、べつにふしぎではありませんが、それにしても……小林君は「なんだかおかしいぞ。」と思いました。
聞いていますと、説明とともに絵がかわり魔法博士の事件が、つぎからつぎへと、すすんでいきます。それが、ふしぎなことに、このヨボヨボのじいさんは、新聞に出なかった、こまかいことまで、すっかり知っているような話しかたなのです。
「ほら、これは、少年探偵団の小林団長が、あわてふためいて、逃げだしているところじゃ。ワハハハ……、明智小五郎の助手ともあろうものが、このいくじのないざまは、どうじゃ。」
小林君は、ハッとして、子どもたちの背中に、顔をかくすようにしました。じいさんに見られてはいけないと思ったからです。
このじいさんは、ただの紙しばい屋ではありません。たしかにあやしいやつです。魔法博士のてしたかもしれません。「よしッ、こいつを尾行してやろう。」
小林君は、とっさに、そう心をきめました。
やがて、紙しばいがおしまいになると、じいさんは、ガクブチの中から、絵の紙をぜんぶ取りはずして、きたないふろしきにつつみ、ポケットから一枚の千円さつを出して、自動車のそばにしゃがんでいた、若い男につかませました。
「やあ、ありがとう。それじゃあ、これがお礼だ。またこんど、やらしてもらうよ。わしはこれが、やまいでね、ときどき紙しばいをやらないと、めしがうまくない。アハハハ……、じゃあ、さようなら。」
そう言いすてて、じいさんは、ふろしきづつみをこわきにかかえ、ヒョコンヒョコンと、みょうなかっこうで、向こうへ歩いて行きます。いま、千円さつをもらった若い男が、ほんとうの紙しばい屋で、じいさんは、ちょっとそのガクブチをかりて、自分の持って来た絵を、子どもたちに見せたというわけです。いよいよあやしいやつです。小林君は、言うまでもなく、じいさんのあとを尾行しました。
ああ、あぶない、怪老人は、小林君をさそいだすために、わざと明智探偵事務所のそばで、あんな紙しばいをやっていたのではないでしょうか。尾行なんかすれば、敵の思うつぼに、はまるのではないでしょうか。
しかし、小林君は、何を考えるひまもありません。ただもう、あいての秘密が知りたくて、うずうずしていたのです。この老人さえつけて行けば、魔法博士の秘密がわかると、わきめもふらず、尾行をつづけるのでした。
じいさんは、さびしい町へ、さびしい町へと、まがりながら、あとをも見ずに、ヒョコンヒョコンと歩いて行きます。小林君は、あいてに気づかれぬよう、ものかげをつたうようにして、五十歩ほどあとから、どこまでもついて行きました。
十分ほども歩きつづけると、焼けあとのさびしい広っぱへ出ました。向こうに一台の自動車がとまっています。人通りはまったくありません。そのとき、じいさんの足が、きゅうにのろくなりました。みるみるふたりのあいだが、せばまっていきます。オヤッ、へんだな、と思わず立ちどまると、じいさんは待ちかまえていたように、ヒョイとこちらをふりむきました。
「ウフフフ……、小林君、なにもそんなに、はなれて歩くことはないじゃないか。さあ、こっちへおいで、いっしょに行こうよ。おまえは、このじいさんの行く先が知りたいんだろう。」
小林君が、ギョッとして、立ちすくんでいますと、じいさんは、右手を高くあげて、何かあいずをしました。すると、向こうにとまっていた自動車が、動きだして、アッと思うまに、小林君のそばに近づき、その運転台から、ふたりの男が飛びだして来ました。
もうどうすることもできません。小林君はふたりの男に、右左から手をとられて、うむを言わせず、自動車の中に、おしこめられてしまいました。そして、手足をしばられ、さるぐつわをはめられ、手ぬぐいのようなもので、目かくしまでされてしまったのです。
小林君は、されるがままになって、ジッと自動車のクッションにもたれていました。こわいと言うよりも、なんだかうれしいような気持ちです。目かくしをされたからには、魔法博士のすみかへ、つれて行かれるのでしょう。そうすれば、天野勇一君にあえるかもしれません。うまくやれば、勇一君を助けだすことができるかもしれません。魔法博士の秘密をあばいて、警察の手びきをすることができるかもしれません。それを思うと、小林君は、こわがるどころか、ワクワクするような、たのしさを感じるのでした。
じいさんも、小林君の横に腰をおろしたけはいがしました。運転台の男たちと、ふた言三言、暗号のようなことが、とりかわされたかと思うと、自動車は全速力で走りだしました。