人どろぼう
「どうじゃ、よく寝むれたかね。」
怪老人は、小林君のベッドに近づきながら、話しかけました。小林君は、それに答えようともせず、おそろしくぶあいそうな顔で、老人をにらみつけています。
「ウフフフ、こわい顔をしているね。小林君、そんなにわしをにらみつけたって、どうなるものでもない。さあ、きげんをなおしなさい。きみは、天野勇一君にあいたくないのかね。ウフフフフ、そら見なさい。あいたいのだろう。では、こちらへおいで、勇一君にあわせてあげるよ。」
小林君は、だまったまま、立ちあがって、じいさんのあとから、ついて行きました。ゆうべ廊下に番をしていた虎は、どこへ行ったのか、姿が見えません。
廊下をいくつかまがって、大きなドアをひらくと、目の前がパッと明かるくなりました。まっ白な美しい部屋です。まるでクリスマス・ケーキのように美しい部屋です。見ると、そこの白いテーブルに、白いりっぱな服を着た子どもが、まるで西洋の王子さまみたいなかっこうで、腰かけていました。
「ほら、あれが勇一君じゃ。ゆっくりあうがいい。」
「あッ、芳雄さん。」
勇一少年はびっくりしたように、立ちあがって、小林君の名を呼びました。小林君も思わず「勇一君。」と声をかけながら、そのほうへ、走りよるのでした。
「まあ、立っていないで、ふたりとも、そこへかけなさい。いまおいしいごちそうが出るからね。」
怪老人はそう言ったまま、部屋を出て行きましたが、それと入れちがいに、りっぱな礼服を着たふたりの若者が、大きなぼんにのせた西洋料理を持ってはいって来ました。そして、おいしそうなごちそうの皿を、テーブルの上にならべると、ていねいにおじぎをして、部屋を出て行きました。
「勇一君、きみは、毎日こんなごちそうをたべているのかい。」
「うん、いつもはこんなにたくさんじゃないけれどね。だからぼく、ちっともくるしいことはないけど、おとうさんやおかあさんが心配しているだろうと思って……。」
「しかし、もうだいじょうぶだよ。ぼくが来たんだからね。きっと、きみを助けだすよ。」
ふたりが、そんなことを話しあっているところへ、コツコツとクツの音がして、だれかがはいって来ました。ふりむくと、部屋の入り口に立っていたのは、黒いマントを着た、あの魔法博士でした。長くのばした髪の毛は、きみの悪い、黄色と黒の、だんだらぞめ、メガネの中のほそい目、ピンとはねた虎ひげ、まっかな唇。忘れもしない。あの魔法博士が、とうとう姿をあらわしたのです。
「ワハハハハハ、ふたりで、何かいんぼうをめぐらしているね。だめ、だめ、いくらきみたちが知恵をしぼったって、二度とここから出られやしないんだ。それよりも、おとなしく、わしの言うことを聞いて、魔法の国の人民になるんだね。つまり、わしの弟子になるんだね。」
魔法博士は、そう言いながら、テーブルのそばに来て、イスに腰かけました。
「ぼくたちを、とりこにして、いったい、どうしようというのですか。」
小林君が、魔法博士をにらみつけて、たずねました。
「きれいな服を着せて、おいしいごちそうをたべさせてあげようというのさ。そのかわり、きみたちはわしのけらいになるんだ。わしは魔法の国の王さまだから、きみたちは、魔法の国の人民というわけだよ。」
「そして、何か悪いことを、手つだわせようというのですか。」
「ウフフフフフ、なかなか手きびしいね。それはいまにわかるよ。ところで、わしのけらいはきみたちふたりだけじゃない。もっとえらいけらいがほしいからね。やがて、おとなもやって来るはずだよ。」
魔法博士はメガネの中の目をほそくして、きみ悪く、ニヤニヤと笑いました。
「いいかね、勇一君をここへつれて来たのは、小林君を引きよせるためだった。その小林君も、とうとうやって来た。するとこんどは、そのつぎだよ。小林君をえさにして、もっと大きなさかなをつりあげようというわけさ。わかるかね。」
「それは明智先生のことですか。」
小林君がびっくりして、たずねました。
「アハハハハハハ、あたった。そのとおりだよ。明智小五郎先生を、魔法の国の人民にして、わしのけらいにしようというのさ。小林君をとりこにすれば、明智先生のほうからノコノコやって来るだろうというもくさんだったが、どうもこれは、はずれたらしい。明智先生は、ご病気のようだからね。ご病気とあっては、こちらからお出むかいしなけりゃなるまいね。」
お出むかいなんて、ていねいなことばを、使っていますが、むろん、明智探偵をゆうかいする、かどわかすという意味なのです。魔法博士のことですから、どんなてだてがあるか、知れたものではありません。
「ワハハハハハハ、どうだね、少年探偵君、世の中には、いろいろな、どろぼうがあるが、わしは人間をぬすみだそうというのだ。つまり、人どろぼうだね。勇一君をぬすみだし、小林君をぬすみだし、それから、天下の名探偵明智小五郎をぬすみだそうというのだ。そして、明智探偵を魔法の国の人民にして、わしのけらいにしてしまうのだ。わしは、それを思うとゆかいでたまらないんだよ。」
魔法博士は、例の黒マントを、コウモリの羽のように、ヒラヒラさせて、さもおもしろそうに笑うのでした。