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虎牙-橡皮筋
日期:2021-11-07 23:41  点击:275

ゴムひも


 食事をおわると、小林君は勇一少年とひきはなされ、またもとの、うすぐらい牢屋のような部屋に、とじこめられました。そして、外から、ドアにピチンとかぎをかけられてしまったのです。
 明智探偵をぬすみだすという話を聞いたので、小林君は心配でたまりません。どうかして、このことを明智先生に知らせたいと思うのですが、この部屋を逃げだすことは、とてもできません。ドアにかぎがかかっているばかりでなく、外の廊下には、また、あの虎が、番をしているのです。
「ここを逃げだそうとすれば、たちまち虎にくわれてしまうのだ。いのちがおしかったら、逃げることなんか考えないがいい。」
 小林君をとじこめるとき、魔法博士はこう言いわたしたのです。
 しかし、このまま、ジッとしていて、病気の明智先生に、もしものことがあっては、たいへんです。どうかして、このことを知らせなければなりません。どうしたらいいのでしょう。できないことです。できないことを、やらなければならないのです。
 小林君は、部屋のすみにある、例の木のベッドに腰かけて、腕ぐみをして一心に考えました。
「さあ、知恵をしぼりだすんだ。きみは、人に知られた少年名探偵じゃないか、いまこそ、その名探偵の知恵をしぼる時だ。」
 小林君は自分自身に、そう言い聞かせました。むかし、悪人のすみかにふみこんだときに、カバンの中に伝書バトをしのばせておいて、とじこめられた部屋の窓から、そのハトをはなして、れんらくをとったことがありますが、こんどは、そういう用意を、何もしていなかったのです。
「うん、そうだ。とにかく、ようすを見てみよう。」
 小林君は、なにを考えたのか、そんなひとりごとを言うと、立ちあがって、いきなり、木のベッドに両手をかけ、例の鉄棒のはまった、高い窓の下へ、それをひきずって行きました。
 そして、ベッドの一方のはじを、かべぎわにおしつけ、べつのはじを、だんだん持ちあげていって、とうとう、ベッドをそこに立ててしまいました。つまり、ベッドがはしごのように、かべに立てかけられたわけです。
 小林君は、そのベッドのはしごを、よじのぼって、頂上までたどりつきました。そして、そこに腰かけると、ちょうど顔が窓の高さになるのです。小林君は、窓の鉄棒をにぎって、外をながめました。
 三十メートルほど、向こうに、高いレンガの塀があって、その外には、建物はありません。たぶん、広っぱになっているのでしょう。耳をすますと、その塀の外から、大ぜいの子どもの声が聞こえて来ます。野球でもやっているようすです。
 この窓から、大きな声でさけべば、子どもたちに聞こえるかもしれません。しかし、そんなことをすれば、子どもたちよりさきに、魔法博士に気づかれてしまいます。そして、どんなひどいめにあわされるかわかりません。
 ところが、小林君には、うまい考えがあったのです。
 小林君は、ベッドのはしごをおりると、ポケットから手帳を出して、それをひらき、万年筆で、何かを書きはじめました。
 小林君が、魔法博士の家にとじこめられていること、魔法博士は、明智先生をゆうかいしようとしていること、ここには虎がいるから、用心しないとあぶないことなどを、こまかい字でくわしく書いたのです。そして、そのページを切りとると、四つにたたんで、その外がわに、「これを大いそぎで明智探偵事務所へとどけてください。人のいのちにかかわることです。お礼はたくさんさしあげます。」と書き、事務所の町名番地と、道順をしるしました。
 それから、ズボンのポケットをさぐって、銀色にキラキラ光ったまるい銀貨のようなものを二つ、取りだしました。いまの五円玉の倍ぐらいの大きさです。これは(ビー)(デー)バッジという、少年探偵団のしるしなのです。
 そのつぎに、小林君は、みょうなことをはじめました。両方のクツしたをぬいだのです。そして、ポケットから小さなナイフを取りだすと、それをひらいて、クツしたの上のはじの糸を切って、そこにぬいこんであるゴムひもをぬき取りました。
 小林君の毛糸のクツしたには、ずりおちないように、ゴムひもがぬいこんでありました。しかも、それは太いじょうぶなゴムひもでした。そのゴムひもを、両方のクツしたからぬき取ったのです。それから、ナイフを使って、クツしたをほぐし、二メートルほどの毛糸をぬき取り、それを同じぐらいの長さに四つに切りました。これですっかり用意ができたのです。
 そこで、小林君は、手紙を書いた手帳の紙を、二枚の銀色のバッジのあいだにはさみ、一本の毛糸でもって、それをはなれぬように、十文字にしばりつけました。それから、二本のゴムひものはじをべつの毛糸で、しっかりむすびあわせ、長い一本のゴムひもにしました。
 手紙をはさんだバッジと、長いゴムひもと、のこった二本の毛糸を持って、小林君はベッドのはしごをのぼり、ゴムひものはじを、毛糸で、窓の鉄棒にしばりつけ、もう一方のはじを、そのとなりの鉄棒に、のこった毛糸でしばりつけました。
 読者諸君、小林少年が何をやろうとしているのか、もうおわかりでしょう。そうです。ゴムひものパチンコを作ったのです。そして、そのパチンコの力で手紙をはさんだバッジを、塀の外へ、飛ばそうと考えたのです。
 手で投げようとしても、ベッドに乗っているのですから、足場が悪くて、とても思うようには投げられません。ゴムひものパチンコならば、手で投げるよりも倍も遠くへとどきます。さすがは少年探偵、とっさのまに、じつにうまいことを考えついたものではありませんか。
 小林君は、そのゴムひもにバッジをはさみ、グーッとてまえに引っぱって、空に向かって、ねらいをさだめ、パッと指をはなしました。すると、ビュンとゴムのちぢむいきおいで、バッジは空に銀色の線を引いて、はるか塀の向こうまで気持ちよく飛んで行きました。
 耳をすましていると、子どもたちの声がパッタリとまったようです。空から銀色のものが、ふって来たので、おどろいているのでしょう。小林君のもくろみは、みごとにたっせられたのです。
 いまごろは、子どものひとりがバッジをひろいあげていることでしょう。そして、糸を切って、手帳の紙を取りだし、そこに書いてある字を読んでいることでしょう。もうだいじょうぶです。小林君は、あんどのため息をついて、ベッドのはしごをおりました。


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