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虎牙-巨人和怪人
日期:2021-11-07 23:41  点击:358

巨人と怪人


 さすがの魔法博士も、このふしぎには、あきれかえったように、明智探偵の顔を見つめるばかりでした。鏡の向こうには明智の姿がまだ見えています。そして、目の前一メートルの近さに、同じ明智の顔がせまっているのです。
「ハハハ……、魔術の先生が、こんな手品におどろいて、どうするんだ。考えてみたまえ、きみには、すぐ手品の種がわかるはずだよ。」
 明智は魔法博士の正面のイスにゆったりと腰かけて、笑っています。大きな虎が、そのイスの足のところに、まるで、かいイヌのように、おとなしくうずくまっています。
「フフン、さすがは明智先生、なかなか、あじをやるね。まさか、きみが、かえだまを用意していようとは知らなかったよ。鏡の向こうの部屋にいるのは、きみのかえだまだったんだね。」
「そのとおりだよ。ぼくには、ふたごのようによくにた弟子がある。その男を、ちょっと、かえだまに使ったのさ。」
 明智探偵は自分とそっくりのかげ武者を持っていたのです。そのかえだまのことは『怪人二十面相』の『種明かし』の章にくわしく書いてあります。明智が、かえだまを使うのは、べつにめずらしいことではありません。
 明智は、ニコニコ笑いながら、魔法博士の顔を見て、つづけます。
「ところで、いつ、ぼくが、かえだまといれかわったのか、わかるかね。きみは魔術の大家(たいか)だ。そのくらいのことは、ぼくが説明しなくても、わかるはずだね。」
 魔法博士は、明智に挑戦されて、しばらく考えていましたが、やがて、うすきみの悪い笑いをうかべて、答えました。
「きみの病気そのものが、手品だった。どうだ、あたっただろう。」
「フン、さすがにきみだ。いちばんもとのことに気がついたね。それで?」
「きみは、ほんとうに病気をしたのだろう。しかし、それを利用して、起きられるようになっても、まだ病気がなおらないと言って、寝ていた。そして、いつのまにか、きみはかえだまと入れかわって、にせもののほうをベッドに寝かせておいた。ざんねんながら、おれは、その手にひっかかって、にせものをきみだと思いこんで、あの部屋にとじこめたのだ。」
「うまい。そのとおりだよ。ところで、このほんもののぼくは、どうして、ここへはいって来たんだろう。出入り口はきみの部下が見はっているから、なかなかはいれないはずだがね。」
「それも、いまになればハッキリわかるよ。ぼくはあのとき、ふたりの部下を警官に化けさせて、きみの寝室をおそった。そして、ぼくがきみと話しているあいだに、ふたりの部下は奥へふみこんで、きみのおくさんと女中を、じゃましないように、しばって来た。ぼくはそう思いこんでいた。ところが、まちがっていたのだ。きみが、どこかにかくれていて、ぼくのふたりの部下が、べつべつの部屋にいるとき、そのひとりのほうに飛びかかって、たぶんピストルでおどかしたんだろう、警官の服をぬがせ、それを、きみがその服の上から着こんだのだ。そして、まんまとぼくの部下になりすまして、にせの明智をここへはこんで来たのだ。」
「よくあてた。さすがは魔法博士だ。そして、にせの明智を、あの部屋へ寝かせておいて、ぼくは警官の服をぬぎすて、もとの明智になって、ここへはいって来たというわけさ。」
「そうか、いや明智君、よく来てくれた。どんなやりかたにもせよ、とにかく、きみが来てくれたのはうれしいよ。おれは大いに歓迎するよ。まあ、くつろいでくれ。」
 魔法博士は、デスクの上にあった、葉巻たばこの箱を、明智のほうにおしやって、一本とるようにすすめましたが、自分もそれに火をつけて、むらさき色の煙をフーッとふきだしながら、イスの中にグッタリと身をしずめて、また、きみ悪くニヤリと笑いました。
「ところで、ぼくのほうでも、きみの奇術をあてたんだから、きみにも一つ、ぼくの奇術の種をあててもらいたいもんだね。名探偵は魔法使いいじょうの知恵を持っているはずだからね。」
 さっきのシッペイがえしです。こんどは魔法博士のほうから「どうだ、わかるか。」とばかり、挑戦しました。
「おもしろいね。よし、一つあててみよう。まずさいしょは、ブラック・マジック(黒魔術(こくまじゅつ))だったね。舞台でいろいろなものを消したり、あらわしたりして見せた。そのまえに、天野君のうちの庭で、ウサギが宙に浮きあがって消えたのも、やっぱり、一種のブラック・マジックだった。きみか、きみの部下が、頭から手から足の先まで、まっ黒な布でつつんで、ウサギを持ちあげたり、ウサギに黒い布をかぶせて、見えなくしたりしたんだ。そして、ナタかなにかで、庭の立ち木にささくれをつくり、まるで虎がかじったように見せかけて、みんなをこわがらせたんだ。
 天野勇一君を舞台から消したのも、同じことだ。きみの助手が勇一君に黒布をかぶせて、舞台の裏へはこび、そこでさるぐつわをはめ、手足をしばって、建物の外の森の中へかくしたのだ。警官たちが、あれほど、やさがしをしても見つからなかったのだから、建物の中にかくしたのじゃないね。
 それから、きみは黒いヒョウのような怪物にばけて、高い塔の外のかべをはいおりたね。かべに足がかりのようなものは、何もない。そこをきみは、まっさかさまに、はいおりた。世間では、その話を聞いて、きみが人間いじょうの魔力を持っているように、うわさしたが、これがやっぱり手品だった。きみは、ゴムの吸盤をつかったね。」
「フーン、そこまで気づいていたのか。」
 魔法博士は、おどろいたように、明智の顔を見ました。
『ゴムの吸盤』というのは、こういうわけです。西洋の手品師は、ハエなんかが平気で天井をはっているのを見て、人間にもそのまねができないだろうかと考えたのです。そして、発明したのが、さしわたし二十センチもあるおわんのような、大きなゴム製の吸盤でした。ハエの足には小さな吸盤があって、さかさに歩いてもおちないのだから、人間も、そのおわんのようなゴムを手足につけて、天井にすいつきながら、歩くことができるだろうと考えたのです。そして、それを見物の前でやって見せた手品師もあります。しかし、ハエのように、すばやくは動けません。たださかさまになって、ソロリソロリと歩くだけで、たいしておもしろくもないので、あまりはやらないでおわりましたが、魔法博士はそれをまねて、おわんのような大きな吸盤を四つ作って、両手と、両方のひざにとりつけて、塔のかべをはいおりたのです。
「それから、神社のコマイヌだったね。きみはあの日、天野君をゆうかいするまえに、二つならんでいる一方のコマイヌを、あらかじめ社殿の中にはこび入れて、とびらをしめておいた。そして、塔から逃げだしたあとで、森の中にかくしてあった石のコマイヌとそっくりの衣装を、頭からかぶって、石の台の上にチョコンとすわっていた。あの大きな頭の部分も、はりこかなんかで、石のコマイヌとそっくりにこしらえておいたんだね。うすぐらい夕方の森の中だから、警官たちは、きみの前をとおりながら、すこしも気づかなかった。いつもそこにすわっているコマイヌの一方だけが、にせものだなんて、だれも考えないからね。」
「うまい。うまい。そのとおりだよ。きみは、まるで見ていたようだね。」
 魔法博士はすこしも、まいったようすがありません。そういう手品の種を、明智探偵が知っていることを博士のほうでは百もしょうちだ、と言わぬばかりです。
 それにしても、なんというふしぎなありさまでしょう。ふたりは、うらみかさなるかたきどうしではありませんか。それがまるで、なかのよい友だちのように、のんきに話しあっているのです。
 明智のほうでは、警官隊がかけつけて来るのを待つために、わざとゆっくり話をしているのかも知れません。しかし、魔法博士のほうは、どうしてこんなに、おちつきはらっているのでしょう。いまに警官隊にとりかこまれて、逃げ場を失うばかりではありませんか。魔法博士は、そうなってもだいじょうぶのような、さいごの切り札を持っているとでもいうのでしょうか。


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