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虎牙-最后的王牌
日期:2021-11-10 23:56  点击:231

最後の切り札


 魔法博士は立ちあがったまま、ことばをつづけます。
「おれは天野勇一君を、かどわかした。それから小林君を、三人の少年を、そして、さいごに明智小五郎をゆうかいしようとしてみごとに失敗した。だが、おれは少年たちを、とりこにしたけれども、けっして、ぎゃくたいはしなかった。虎でおどかしたけれども、それは、ほんとうの虎ではなかった。そのうえ、少年たちには、ごちそうをたべさせた。天野少年には王子のようなりっぱな服装をさせた。ほかの少年たちにも、同じような服を着せるつもりだった。
 いったい、おれはどんな悪いことをしたのだろう。物をぬすんだわけでもない。少年たちをかどわかして、身のしろ金をゆすったわけでもない。ただ、ここへつれて来て、たいせつなお客さまのように、あしらったばかりだ。明智君だって同じだ。もし、きみに、うらをかかれなかったとしても、けっしてきみを傷つけたり、ごうもんしたりするつもりはなかった。では、おれは何をしようとしたんだ。明智君、わかるかね。この意味がわかるかね。」
 魔法博士のほそい目が、じっと明智の顔を見つめました。
「その答えは、たった一つしかない。」
 そう言ったかと思うと、明智も立ちあがっていました。巨人と怪人は、デスクをへだてて、決闘者のように、にらみあっているのです。ふたりの顔からは、笑いのかげがすっかり消えてしまいました。
「ウン、その答えは一つしかない。で、きみの答えは?」
「きみは、ぼくと小林と少年探偵団の三人の少年を、とりこにして、二度とこの建物から出られないようにするつもりだった。そして、ぼくたちを苦しめ、世間を、あざわらうつもりだった。」
「それは、なんのために?」
「復讐のためだ。しかも、そういう復讐をたくらむやつは、世界中にたったひとりしかない。」
 名探偵と魔法博士とは、そのまま、身うごきもしないで、じっと、にらみあっていました。たっぷり一分間。じっと息もつまるような一分間でした。
「そのひとりというのは?」
 魔法博士の挑戦です。
「品川沖で一度死んだ男だ。いや、一度だけではない。二度も三度も死んだ男だ。死んだと見せかけて、生きていた男だ。」
「その生きていた男は?」
「きみだ、きみがその不死身の男だ。怪人二十面相だッ。」
 そのとき、小林少年は、まるで海の底にいるような感じをうけました。音という音が消えうせて、時間の進行が、そこでピッタリとまってしまったかと、うたがわれたのです。名探偵も怪人も、まるで石になったように動かなかったのです。
 ああ、怪人二十面相。読者諸君は、この一しゅんかんを、どんなに待ちかねていたことでしょう。諸君は、さいしょ魔法博士が野球をする少年たちの前にあらわれたときから、心の底に『怪人二十面相』の六字をえがいていましたね。魔法博士こそ怪人二十面相にちがいないと、ほとんど信じていましたね。そして、その真相がばくろするのを、いまかいまかと、待ちかまえていたのではありませんか。
 怪人二十面相は二十のちがう顔を持つといわれた怪物です。かれはあらゆる人間に化けました。青銅(せいどう)の魔人というロボットに化け、そして、いまはまた、虎と人間のあいのこのような、魔法博士に化けたのです。
 そのとき、廊下に大ぜいの足音がして、三人の少年をせんとうに、天野勇一少年、明智探偵のかえだまになった男、それから四人の警官が、正面のドアから、なだれこむように、はいって来ました。
 怪人二十面相も、もう運のつきです。どこにも逃げ場がないのです。しかし、かれはまだひるみません。意外にも、ワハハハ……、と笑いながら、部屋の一方のかべに身をよせました。かべをうしろだてにして、この大ぜいの敵と戦おうというのでしょうか。
「明智先生、おれは追いつめられたね。しかし、きみはまだ、おれの秘密をすっかり知りつくしたわけじゃない。おれには、さいごの切り札があるんだ。見たまえ……。」
 そのとき、人々の口から、「アッ。」と言う、さけび声が、ひびきました。じつに思いもよらぬ、ふしぎがおこったからです。
 見よ、魔法博士のからだは、何かに引きあげられるように、かべをつたって、スーッと天井に、のぼって行くではありませんか。
 たちまち、かれの異様な姿は、高い天井にくっついてしまいました。そこに一ぴきの大コウモリが、羽をひろげて飛んでいるのです。黄色と黒のだんだらぞめの長いかみの毛が、風に吹かれたようにみだれ、べっこうぶちの大メガネは、キラキラとかがやき、そのガラスのうしろから、いまこそまんまるにみひらかれた、虎のような目が、青く光って、じっと下界をにらんでいるのです。そして、あの異様なマントは、大きな羽のようにひろがって、ハタハタと、ぶきみな、はばたきの音をたてています。
「ワハハハハ……明智君、せっかくのきみの苦心も、水のあわだったねえ。おれはけっしてきみたちには、つかまらないよ。ワハハハハハ……、ワハハハ……。」
 そして、そこの天井板が、スーッとひらいたかと思うと、大コウモリは、天井裏のやみの中へ、すいこまれるように、姿を消してしまいました。ふたたび、スーッと音もなく、しまる天井板。ぶきみな笑い声は、だんだん、かすかになって、やがて、聞こえなくなってしまいました。
 そして、しばらくすると、あっけにとられて、天井を見あげている人々の顔が、おどろくほど白くなりました。天井のまん中からさがっているシャンデリヤが、きゅうに明かるくなったのです。白熱の色をおびてきたのです。
 オヤッと思うまに、またしても、とほうもないことがおこりました。巨大なすずらんの花を、いくつもたばにしたような、その大シャンデリヤが、はじめはすこしずつ、だんだんいきおいをまして、はげしくゆれはじめたのです。何十ともしれない電球の花たばが、世にもおそろしいブランコをはじめたのです。
 いまにも、その直径一メートルもありそうな、電球のかたまりが、花火のように、人々の顔の上に、おちかかってくるかもしれません。人々はワーッと声をあげて、部屋のすみずみに身をさけました。「ワハハハ……。」ふたたびおこるぶきみな笑い声。
 思わず見あげると、ゆれるシャンデリヤの心棒のそばの、ごう天井の板が一枚はずれて、ポッカリと口をひらいた黒い穴から、人間とも、けだものともわからぬ、おそろしい顔が、のぞいていました。二十面相です。魔法博士の二十面相です。光線のせいか、それが虎の顔とそっくりに見えるのでした。


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