赤い道化師
お話かわって、警視庁の捜査本部では、中村係長、黒川記者、小林少年などが、明智探偵がくるのを、いまかいまかと、まっていましたが、いつまでまっても、明智のすがたが、あらわれません。
どうもおかしいというので、中村係長が、明智の事務所に電話をかけてみますと、探偵は一時間もまえに、自動車で、でかけたという答えでした。
係長がそれをつたえると、黒川記者と小林少年は、思わず、顔を見あわせました。
「探偵事務所から、ここまでなら、自動車で十五分もあれば、らくにこられる。へんだなあ、とちゅうで、何かあったんじゃないかなあ、ひょっとしたら、透明怪人が明智さんを、どうかしたんじゃあるまいか。」
黒川記者が、そう言うのをきくと、小林少年は、先生のことがしんぱいで、もうじっとしていられなくなりました。
「ぼく、事務所へいってきます。そして、先生をおくった自動車の運転手をしらべてみます。」と言って、いきなり、部屋から飛びだそうとしました。
「まちたまえ。きみひとりではしんぱいだ。ぼくもゆくよ。中村さんも、いっしょにゆかれてはどうでしょうか。」
黒川記者が係長の顔を見ますと、係長も、うなずいて、立ちあがりました。
それから、中村係長、黒川記者、小林少年の三人は、自動車に乗って、おなじ千代田区内になる明智探偵事務所へ、いそいだのですが、そのころは、もう、すっかり日がくれていました。
「よし、ここでとめて。ヘッド・ライトを消して、しばらく、まっていたまえ。」
中村係長が運転手に命じました。事務所の前までいかないで、わざと、遠くのほうで自動車をとめさせたのです。係長はいつも、そうするのがくせでした。このやりかたで、これまでも、たびたびうまい手がかりを、つかんだことがあるのです。
ところどころに、歯のぬけたように、あき地のある、まっくらな町を、三人は、くつ音をたてないようにして、しずかに、あるいてゆきました。
そのとき、へんなことが、おこったのです。
ゆくての、くらやみの中から、ポーッと、なんだか赤いものが、あらわれてきたではありませんか。
三人は思わず立ちどまって、そのほうをみつめていますと、その赤いものは、だんだん、こちらへ近づいてきます。近づくにつれて、かたちがハッキリしてくるのですが、それは、はでな道化服をきた、サンドイッチ・マンでした。
赤と白のだんだらぞめのダブダブの道化服、おなじだんだらぞめの、とんがり帽子、顔には、まっしろに、おしろいをぬって、りょうほうのほおに、赤い丸がかいてあります。胸とせなかには、どこかの商店の、大きな広告板をかけています。
この人通りのないさびしい屋敷町に、しかも、まっくらな夜、サンドイッチ・マンがあるいているのは、じつに、へんな感じです。ところが、もっとふしぎなことには、その赤い道化師が、フラフラと、中村係長の前に、近づいたかと思うと、いきなり、一枚の広告ビラを、係長の目の前に、つきだしたのです。
係長は、あっけにとられて、道化師をにらみつけていましたが、ふと考えなおして、つきつけられた広告ビラをうけとりました。すると、道化師は、そのまま、どこかへ、たちさってしまいました。赤い道化服が、やみのなかへ、とけこむように、消えていったのです。
中村係長は、そのへんの街灯の下までいって、広告ビラを読んでみました。
それは、印刷した広告ではなくて、ペンで書いた手紙のようなものでした。
明智小五郎は、いま、あるところで、透明人間にされている。名探偵のからだは、こく一こくと、ガラスのように、すきとおってゆくのだ。じゃまをするやつは、みな透明人間にされるんだぞ。きさまたちも、気をつけるがいい。
中村係長は、きちがいのようにどなって、もと来たほうへかけだしました。黒川記者と小林少年は、わけはわからぬけれども、そのあとにしたがいます。走りながら、係長はビラの文句を、ふたりにしらせました。
「それじゃ、やっぱり、先生は透明怪人に、どっかへ、つれてゆかれたのですね。」
小林君が、走りながら、さけびました。
「そうだ。それに、いまの道化師も、透明怪人だったかもしれない。中村さん、いまのやつの顔を見ましたか。目が黒い穴だったでしょう。顔がちっとも動かなかったでしょう。あれはろう仮面ですよ。ろう仮面におしろいを、ぬったのですよ。」
黒川記者も、走りながら、息をきらして、さけびました。
ヘッド・ライトをけした、自動車のそばまで、もどって、のぞいてみますと、運転手のすがたが、見えません。どこへいったのでしょう。三人は立ちどまって、あたりを見まわしました。