ふしぎな早わざ
すると、むこうの町かどに、運転手が立っているのに、気づきました。かれは、こちらにむかって、手まねきをしているのです。運転手といっても、やはり警官なのですから、ふしぎな道化師が通りすぎるのを見て、あとをつけたのかもしれません。
三人がそこへ、かけつけますと、運転手は、町かどのむこうにある公衆電話のはこを、指さしながら声をひそめていうのです。
「あの中へ、逃げこみました。ごらんなさい、ここからでも、あいつのすがたが、見えます。」
公衆電話のそばに、街灯が立っているので、ガラスばりの中が、ボンヤリと見えます。そこに、道化師らしい人間のすがたが、うごめいているのです。
「あいてに気づかれないように、四方から、とりかこむんだ。」
中村係長のさしずで、黒川記者、小林少年、運転手は、はなればなれに、物かげをつたうようにして、四方から、公衆電話に近づきました。
小林少年は、リスのように、すばしっこいので、いちばん早く、公衆電話のそばにかけより、ガラスの窓から、ソッと中をのぞいてみました。
やっぱりそうでした、はこの中にいるのは、さっきの赤い道化師です。だんだらぞめのとんがり帽子をかぶったまま、すこし腰をかがめるようにして、こちらをむいています。あのまっしろな顔を、ガラスにくっつけるようにして、じっと、こちらをにらんでいるのです。
たしかにろう仮面です。二つの目は、黒い穴です。まゆも口もすこしもうごきません。生きた人間の顔ではないのです。
ほかの三人も、そのときにはもう、公衆電話を三方から、とりかこんでいました。入り口のとびらの前に立ったのは中村係長です。
赤い道化師は、かんぜんに、ふくろのねずみとなりました。もうどんなことがあっても、逃げだすみこみはないのです。
中村係長は、ドアのとってに手をかけて、ひらこうとしましたが、どうしたわけか、びくとも動かないのです。公衆電話のドアに、かぎがかかるわけはありません。道化師が、せっぱつまって、ドアがひらかないような、さいくをしたのかもしれません。
「オイッ、ここをあけろ、きみはもう、逃げられっこないんだ。あけなければ、たたきやぶるばかりだぞ。」
係長がガラスの中へ、きこえるように、大きな声で、どなりました。
すると、道化師の顔が、フラフラッと、よろめくように、こちらへ、むきかわり、二つの黒い穴のような目が、ガラスごしに、じっと係長を見つめました。
「ウフフフ……、おれは逃げられるよ。逃げてみせるよ。たたきやぶってごらん。」
かすかな声が、ガラスの中から、聞こえてきました。道化師の口は、ろう仮面ですから、すこしも動きません。声だけが、もれてくるのです。
ふくろのねずみから、挑戦されたのでは、もうがまんができません。中村係長は、いきなり、体あたりで、ドアにぶっつかりました。ガチャンとガラスのわれるおと。あまりじょうぶでないドアはたちまち、ちょうつがいがこわれてしまいました。
それから、係長と運転手とが、こわれたドアを、そとへ引きだしたのですが、そのあいだにも、道化師はもとの場所に立ったまま、「ウフフフ……。」と、うすきみの悪い、笑い声をたてていました。
べつに、逃げだそうともしないのです。
いきなり、道化師にくみついていったのは、運転手の警官でした。かれは、おそろしい、いきおいで、とびついていったのですが、そのとたんに、「アッ。」とさけんで、公衆電話のおくへ、たおれこんでしまいました。
道化師は、着物ばかりで、からだがなかったのです。運転手は空をうって、たおれたのです。
「どうしたんだッ。」
「こ、こいつは、きものばかりです。」
運転手が、やっとおきなおって、赤い道化服を、ひっぱってみせました。
とんがり帽子の下にろう仮面、ろう仮面の下に道化服と広告板がくっついて、そのとんがり帽子は、公衆電話のはこの天井から、ひもでつるしてあったのです。今のいままで、しゃべったり、笑ったりしていたやつが、いっしゅんかんに、着物ばかりになってしまったのです。
なんという、ふしぎな早わざでしょう。こわれたドアを引きだしている、わずかのあいだに、透明怪人は、帽子と面と着物だけをのこして、逃げさってしまったのです。着物をぬいで、はだかになれば、目に見えない透明怪人ですから、もういくらさわいでも、おっつきません。たとえ、すぐそばにいたとしてもとらえることはできないのです。
「アッ、あっちだッ。あっちへ逃げたッ。」
黒川記者が、さけびながら、くらやみの中へ、走りだしていました。あとの三人も、おどろいて、そのあとにつづきます。
「エヘヘヘヘ……、はいちゃ、はいちゃ……。」
二十メートルもむこうの、やみの中から、透明怪人の声がひびいてきました。そして、その声は、ひとことずつ、かすかになり、消えるように、遠ざかっていきました。
「もう、おっかけても、むだだ。黒川君、あきらめよう。」
中村係長はそう言って、もとの公衆電話の前にもどりました。道化服などを、証拠品として、もちかえるためです。係長は、つるしてあるひもをきって、とんがり帽子と、仮面と、道化服をまるめて、こわきにかかえましたが、そのとき、ふと気がつくと、公衆電話のゆかに、一枚の紙きれがおちています。ただの紙きれではない。何か字が書いてあるようです。係長は、いそいで、それをひろいあげ、街灯にかざして、読んでみました。
明智夫人に気をつけるがいい。透明人間第六号は、あのうつくしい文代さんのばんだ。
「早く、はやく、おくさんがあぶない。はやく事務所へ……。」