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透明怪人-妖异的黑影
日期:2021-11-14 22:22  点击:256

のろいの影


 それからすこしたって、明智探偵事務所の、広い応接間に、明智夫人文代さんをかこんで、中村係長、黒川記者、小林少年の三人が、思いおもいのイスにこしかけていました。その応接間は、道路に面した一階にあるので、窓のカーテンをしめ、電灯も大きな電気スタンドだけにして、わざと、部屋の中をうすぐらくしてあるのです。文代さんは、丸テーブルによりかかるようにして、なにか話しています。
「さっき、お電話があってから、わたくし、明智をおくった自動車の運転手を、ここへ呼んで、話をきいたのですが、明智がつれさられたことは、もう、うたがいありません。そのとき通りかかったタクシーというのが、悪者の自動車だったのです。」
 そして、文代さんは、そのときのありさまを、くわしく話しました。
「その、あやしいタクシーの番号は?」
 中村係長が口をはさみます。
「それが、ざんねんなことに、運転手は自分の自動車の修理に気をとられて、番号を見なかったと言うのです。」
「そうですか。とにかく、そのタクシーの色と型を、本庁へ知らせて、全管下(ぜんかんか)に手配させます。」
 係長は、すぐさま、卓上電話をとって、文代さんからタクシーの型と色を聞きながら、テキパキと手配の事務をすませました。そして、受話器をおいたときです。まちかまえていたように、電話のベルがなりだしました。
 小林少年が、すばやく受話器をとって、耳にあてましたが、ちょっとあいての声をきいたかと思うと、小林君の顔色がサッとかわりました。そして、「へんな声です。聞いてください。」と、受話器を中村係長に、わたしました。
「オイオイ、何をグズグズしているんだ。文代夫人はいないのか。文代さんに話があるんだ。」
 みょうな、しわがれ声が、ぶさほうにどなっているのです。
「きみはいったいだれだね。」
 中村係長がしずかにたずねます。
「だれでもいい、文代さんがでれば、わかるんだ。早く文代さんをださないか。」
「きみの名を言わなければ、とりつぐわけにはいかんよ。名をなのりたまえ。」
「そう言うきみこそ、だれだ。明智事務所には、いま男はいないはずだが。」
「ぼくは警視庁の中村だ。さっき道化師のサンドイッチマンにもお目にかかった。おどかしの手紙もたしかに見たよ。」
「ウハハハ……、中村鬼係長か。透明怪人には、てこずっておるな。おれはその透明怪人のうみの親だよ。明智名探偵先生も、おれにかかっては、子どもみたいなもんじゃ。いま手術中だよ。あすはすっかり透明になるはずだ。ところで、おつぎのばんじゃが、わしは文代さんときめた。だんなだけ透明にしておくさんをひとりぽっちでのこしておいては、気のどくだからね。わかったかね。文代さんを、今晩のうちに、ちょうだいにゆく。鬼係長どのが、いくらがんばっても、こちらは目に見えない透明人間を使うのだからね。とても、太刀(たち)打ちはできやしないぜ。それじゃ、文代さんによろしく。あばよ。おっと、まってくれ。きみがあわててしらべないでもいいように、おしえておくが、この電話は渋谷の公衆電話だよ。おれのかくれがから、まるではんたいの方角まで、わざわざ電話をかけにやってきたのさ。それじゃ、鬼係長さん、あばよ。」
 あいてはひとりで、しゃべって、そのまま電話をきってしまいました。言うまでもなく、れいの四角メガネの怪老人です。さすがの中村係長も、思うままにしゃべりまくられたかたちで、くやしそうにくちびるをかみながら、受話器をおきました。
 いよいよ、文代さんがねらわれていることがわかったので、それから、文代さんをまもる方法について、相談がはじまりました。それには、小林少年がたえず文代さんのそばにつきそっていること、中村係長も黒川記者も、今夜は明智事務所にとまること、そのほか、本庁から三名のうでききの刑事を、電話で呼びよせ、家の中の見はりにつかせること、また警察に電話して、数名の巡査に、探偵事務所のまわりを、巡回させること、などをとりきめ、それぞれ電話をかけおわりました。
「おくさん、ごしんぱいなさることはありません。これだけ手配をすれば、まずだいじょうぶですよ。それにわれわれ三人はあなたのそばを、はなれないようにして、かならずおまもりします。」
 係長が言いますと、きじょうな文代さんは、顔いろもかえないで、けなげにこたえました。
「ありがとうございます。これで、わたくしも、こころじょうぶですわ。でも、明智をたすけださなければなりません。自分のことより、そのほうがしんぱいなのです。」
「それもわかっています。捜査本部には、ぼくのほかにも、たくさんの係長がいます。名刑事がいます。それに東京じゅうの警察署が力をあわせているのです。きっと助けだしますよ。」
 中村係長は文代さんをはげますようにつよく言いきってみせるのでした。
 そのときです。
 カーテンをしめきった窓が、いなずまでもさしたように、パッとあかるくなりました。その窓はおもての道路に面しているので、通りかかる自動車が、町かどをまがるときなどに、そのヘッドライトの光があたって、そんなふうにあかるくなることがあるのです。文代さんも小林君も、そのヘッドライトの光だろうと、気にもとめないでいましたが、どうしたわけか、まっ白な光は、窓を照らしたまま、じっと動かないのです。
 へんだなと思っていると、やがて、その白くなったカーテンの上に、なにかもうろうとした影が、うつってきました。
 おお、またしても、あのおそろしい怪物の影です。モジャモジャのかみの毛、ワシのような鼻、三日月がたにひらいた大きな口、透明怪人の横顔です。怪物のはだかの上半身が、ふつうの人間の三倍の大きさで、カーテンの上に、黒くうごめいているのです。
「エヘヘヘヘ……。」
 ガラスのそとから、聞こえてくる、うすきみの悪い、あざけりの笑い。
「ちくしょうッ。」
 ガタンとイスの音がして、黒川記者が立ちあがりました。そして、影のうつっているカーテンにむかって、弾丸のように飛びかかってゆきました。


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