裏から見る
第三の明智は、部屋のまん中に立って、課長や係長にむかって、透明怪人事件のせつめいを、はじめました。ニコニコした顔、よくとおる声、ときどき両手で身ぶりをしながら、明快に、事件のなぞをといていくのです。
「にせの中村係長と黒川記者が、ゆうべ、文代をだまして、つれだしたのですね。すると、ほんものの黒川記者は、どうしたのでしょう。中村係長が、ねむりぐすりをのまされたのだから、同じ部屋にいた黒川君も、係長といっしょに、グッスリねこんでいたと言うのなら、わかるが、ねむらされたのは係長だけで、黒川君はどこへ行ったのか、いまもって、すがたを見せない。これは、いったい、どうしたわけでしょう。黒川記者はどこへ、消えてしまったのでしょう。」
明智は、そこで、ことばをきって、グルッと部屋のなかを、見まわしました。みな、だまりこんで、明智の顔をみつめています。
「しばいのぶたいを、客席のほうから見たのと、がくや裏のほうから見たのとでは、ひじょうな、ちがいがあります。舞台の美しい背景も、裏からみれば、木のわくに、きれがはってあるだけです。それとおなじように、犯罪事件には、かならず表と裏があります。みなさんが、きょうまで見ていたのは、その表のほうなのです。つまり、客席にすわって、しばいを見ていたのです。
ところが、探偵はけっして客席から見物はしません。いつもがくやのほうから、裏がわを見ているのです。こんどの透明怪人の事件でも、ぼくは、はじめっから裏を見ていました。ですから、あなたがたとちがって、手品のたねが、だいたい、わかっていたのです。
この事件を、裏から見ていると、すぐ気がつくのは、黒川記者があやしいということでした。中村係長だけ、ねむりぐすりをのまされて、黒川記者がいなくなってしまったという事実によって、それがうらがきされました。みなさん、黒川記者こそ、悪魔の首領だったのです。文代をつれだしたとき、中村係長のほうは、にせものでしたが、黒川記者はほんものだったのです。
黒川が透明怪人の首領だという点に気がつけば、すべての事情がガラッとかわってきます。手品を裏から見るように、いろいろのひみつが、ハッキリわかってくるのです。
みなさん、おどろいてはいけませんよ。透明怪人なんて、あとかたもないうそなのです。あれほどせけんをさわがした透明怪人は、みんな黒川の手品によってつくりだされた、にせものにすぎません。」
明智はそこでまた、ちょっとことばをきりました。人々はビックリしたように、目をみはっています。透明怪人がうそだったなんて、とっても、しんじられないからです。
「黒川は、ほんとうに、透明怪人があらわれたように、みせかけるために、ながいあいだ、じゅんびをした。一年ほどまえに、東洋新聞の記者になり、とくいのうでをふるって、たちまち社会部長の信用をはくした。そして、この大新聞の社会部記者という地位を、百パーセントに利用したのです。
みなさん、よく考えてごらんなさい。透明怪人の事件は、だいぶぶん、黒川が話をしたり、新聞に書いたりしたのです。黒川のほかには、だれも見ていないことでも、新聞記事になれば、うそだとは思いません。むろん、ほんとうにおこった事件もありますが、半分いじょうは、黒川のつくり話なのです。それを、うまくまぜあわせて、せけんをあざむいていたのです。
たとえば、銀座通りで、多くの人が目に見えない人間に、ぶっつかったという話、クツみがき少年のお金をうばった不良青年が、目に見えない人間に、こらしめられた話、黒川が島田君のおとうさんのうちへくるとちゅう、だれもいないのに、コンクリート塀に、人間のかげがうつって、その影が黒川に、おそいかかってきた話などは、みな黒川のつくりごとだったのです。それが、ほんとうの出来事と、うまく、まぜあわされていたので、だれもうそだとは、思わなかったのです。
黒川は透明怪人をほんとうらしく見せかけるために、四―五人の助手をつかっています。事件のあいだに、そういう助手の口からでた話がまじっていました。たとえば、大宝堂の店から首飾りがぬすまれたときには、あらかじめ黒川の助手を、大宝堂の店員として、すみこませてあり、その店員だけが店にいるときに、あの奇怪事がおこったのです。ですから、店員は、まことしやかに、つくり話をすればよかったのです。主人も支配人も、すっかりそれにだまされてしまいました。そして、黒川は、この助手のつくり話をデカデカと新聞に書いたというわけです。
もうひとつの例は、島田君のうちから、真珠塔がぬすみだされた夜、ひとりのルンペン青年が、庭のすみで、目に見えない人間が、ろう仮面をかぶり、洋服を着るところを見たと、まことしやかに話しましたが、あのルンペン青年も、黒川の助手だったのです。」