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怪奇四十面相-二十面相的改名
日期:2021-11-15 23:57  点击:297
 怪奇四十面相

江戸川乱歩

二十面相の改名

「透明怪人」の事件で、名探偵、明智小五郎あけちこごろうに、正体を見やぶられた怪人二十面相は、そのまま警視庁の留置場に入れられ、いちおう、とりしらべをうけたのち、未決囚みけつしゅうとして東京都内のI拘置所こうちしょに、ぶちこまれてしまいました。
 二十面相といえば、これまでに、なんどとなく、ろうやぶりをして、逃げだした怪物ですから、拘置所でも、とくべつの注意をして、もっとも、見はりにつごうのよい、げんじゅうな独房どくぼう(ほかの人といっしょにしないで、ひとりだけ入れておく牢屋)をえらび、ふつうの見はりのほかに、ふたりの看守が、交代で、夜も昼も、たえまなく、その独房のまえに、立ちばんをすることになりました。
 なにしろ、「透明怪人」という、とほうもない大事件の犯人が、みごとにつかまり、しかも、その犯人が怪人二十面相と、わかったのですから、世間は、もう、このうわさで、もちきりです。新聞も、怪人がつかまったいきさつを、くわしく書きたてますし、人がふたりよれば、お天気のあいさつのかわりに、二十面相の話をするという、ありさまです。
 名探偵、明智小五郎の名声は、この大とり物によって、いやがうえにも高くなり、「透明怪人」をとらえた、日本のシャーロック・ホームズとして、西洋の新聞にも、明智のてがらばなしが、大きくのせられたほどです。
 この人気をあてこんで、二つの映画会社が、「透明怪人」事件の映画をつくることになりましたが、芝居のほうでも、日比谷ひびやと、浅草あさくさの二つの劇場で、「透明怪人」劇が上演されるというさわぎでした。
 ところが、二十面相が拘置所に入れられてから、五日めのことです。東京でも、いちばん読者の多い「日本新聞」に、つぎのような記事がデカデカとのせられ、世間をアッとおどろかせました。
「四十面相」と改名
いよいよ大事業にのりだす
拘置所内の二十面相から本紙によせた不敵の宣言
 きのう午後二時、I拘置所内の二十面相からのような奇怪な投書が、本社編集局に配達された。I拘置所に問いあわせると、係官かかりかんがすこしも知らないうちに、なにかふしぎな手段によって、この投書を郵送したことがあきらかとなった。二十面相は係官にむかって、「おれは大奇術師だ。牢屋から、だれにも知られないで、手紙をだすくらいは、あさめしまえだよ。」と、うそぶいていたという。つぎはその投書の全文である。

『わたしは明智小五郎にまけた。しかし、これで、かぶとをぬいでしまったわけではない。ちかく再挙さいきょをはかることは、もちろんだ。奇術師のわたしには、どんなあついとびらも、どんなげんじゅうなじょうまえも、すこしも、やくにたたないのだ。わたしは、いつでも出たいときに、拘置所を出られる。
 しかし、そのまえに、世間に知らせておきたいことがある。それは、わたしの名まえについてだ。世間では、わたしを二十面相と呼んでいるが、わたしは大不平だ。わたしの顔は、たった二十ぐらいではない。その倍でも、まだ、たりないほどだ。もっとも少なく見ても、わたしは、四十以上の、まったくちがった顔を、もっているつもりだ。そこで、わたしは、これから、四十面相と、なのることにした。二十面相を卒業して四十面相になったのだ。こんどは、わたしを四十面相と呼んでもらいたい――。さて、改名のてはじめに、わたしは、いままでに、いちども手がけなかったような、大事業にとりかかるつもりだ。それが、どんな事業だかは、また、あらためて通信する。』
 この記事を読んだ世間の人々が、アッとぎょうてんしたことはいうまでもありません。しかし、いちばんおどろいたのは、I拘置所長です。未決囚から、かってに、新聞社へ手紙なぞだされては、拘置所というものは、ないもどうぜんです。拘置所ばかりでなく、検察庁や警察の名誉にもかかわるわけです。
 そこでI拘置所長は、部下をしかりつけて、もんだいの投書が、どうして、そとへもちだされたのか、そのすじみちを、手をつくしてしらべさせましたが、すこしもわかりません。じつにふしぎです。ほんとうに、魔法でもつかわなければ、そんなことができるはずはないのです。
 拘置所では、ふたたび、そんなことがおこらないように、いよいよ、見はりを、げんじゅうにしました。
 ところが、それから二日ののちには、またしても、おなじ「日本新聞」に、四十面相の第二の投書が発表されたのです。
四十面相の新事業
「黄金どくろ」の秘密
I拘置所からふたたび通信
 I拘置所にとじこめられている四十面相は、前回の投書にひきつづいて、またもや、左のような第二の通信を、本社に送ってきた。こんども、I拘置所では、この手紙が出された方法については、想像さえできないと言っている。
『前回のわたしの通信を、貴紙きしにのせてくださったことを感謝する。つづいて、ここに第二の通信をおくる。まえの通信に、あたらしい事業に着手すると書いたが、その事業の一部分を、読者に知らせておきたい。
 わたしの新事業とは“黄金どくろ”の秘密を、あばくことである。それ以上くわしいことは、いまは言えないが、もし、わたしが、その秘密を発見することができたならば、日本じゅうを、いや、世界じゅうをおどろかすような、大事件となることを、確信をもって、予告する。
 それには、まず、このI拘置所を脱出しなければならない。だが、その日も、目のまえにせまっている。わたしは、やすやすと、牢やぶりをしてみせる。そのかどでにあたって、本紙読者諸君の健康をいのるものである。』

 ああ、なんという、ぼうじゃくぶじんの言いぐさでしょう。拘置所の囚人が、まもなく牢やぶりをするぞと、言いふらしているのです。
 この記事を読んだ世間は、ふたたび、わきかえりました。拘置所でも、よういならぬじたいとみて、いよいよ警戒をげんじゅうに、四十面相の独房には、ピストルで武装した五人の看守が、すこしもゆだんなく、見はりをつづけることになりました。
 それにしても、四十面相のやることは、とんと、がてんがいきません。牢やぶりをするぞと、新聞に書けば、ますます、見はりが、げんじゅうになるばかりではありませんか。自分で、自分を、しばっているようなものです。
 ところが、あとになって考えてみますと、それが、じつは、大奇術師の秘密の「手」であったことがわかりました。四十面相が、新聞にあんな投書をしたのは、なにも名誉心のためではありません。あれは牢やぶりに、ぜひとも必要な、てだてにすぎませんでした。ああ、なんということでしょう。怪人四十面相の、わるぢえは、まったく、おくそこが、知れないほどです。
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