チンピラ隊
お話は、すこしまえにもどります。
地下室の秘密会議がすんで、ふたりの骸骨すがたの客が、立ちさって、まもなくのことです。
博士邸のうらのコンクリート塀のそとに、一台のオープン・カーがとまっていました。運転手は、人まち顔に、塀の上をみつめています。
すると、チラッと、コンクリート塀の上に光るものが見えました。金色の骸骨の頭です。それが、スーッと、まっ暗な空のほうへ、のびあがっていくように見えました。あたまの下に胴体は見えません。大きなマントでつつまれているのです。
自動車がしずかに動きはじめました。そして、骸骨の頭の、ま下にちかづいたとき、パッと、大きなコウモリが、ネズミ色のはねをひろげて、宙をとんだように見えました。マントをひるがえして、骸骨男が、自動車の座席へ、とびおりたのです。いつかの晩と同じでした。いうまでもなく、これは怪人四十面相なのです。
四十面相が席につくと、自動車はそのまま、おそろしい早さで走りだしました。町かどをまがりまがって、まるで黒い風のように走るのです。
二十分も走ったころ、自動車は、場末の、みすぼらしい町にとまりました。店屋がならんでいるのですが、夜ふけなので、おおかた戸をしめています。
とまった自動車から、ひとりのじいさんがおりて、その暗い町を歩いていきました。茶色のダブダブの服をきて、モジャモジャのしらが頭を、みぎひだりにふって、ねこぜになって、ヨボヨボと歩いてゆくのです。
おや、こんなおじいさんが、自動車にのっていたのでしょうか。骸骨すがたの四十面相が、とびおりたときには、ほかに、だれも、のっていなかったはずです。では、四十面相はどうしたのでしょう。見ると、自動車の上には、運転手がいるばかりです。四十面相と、このじいさんと、いつのまに、いれかわったのでしょう。
いや、いれかわったのではありません。四十面相が化けたのです。骸骨のシャツをぬいで、自動車の中に用意してあったカツラをかぶり、茶色の洋服をきて、てばやく老人に化けてしまったのです。なにしろ、四十の顔をもっているやつですから、老人に化けるなど、わけもないことなのでしょう。
老人は、その町を三十メートルほど歩くと、いっけんの、きたならしい古道具屋の中に、はいってゆきました。店の前には、首のもげた石地蔵だとか、かけた石どうろうだとか、いろいろなガラクタものが、ところせまく、ならんでいます。
老人はその店の中へはいると、古いよろいや、大きな仏像などが立ちならんでいる部屋の、小さな机の前に腰かけました。すると、奥のほうから、十四、五歳の、きたない小僧がかけだしてきて、老人の前で、ピョコンとおじぎをしました。
「おかえりなさい。」
「ウン、おそくなった。かわったことはなかったかな。」
四十面相は、声まで、すっかり老人になりきっています。
「ハイ、だんなが出ていってから、ひとりも客はきません。」
「そうか。よしよし、おまえはもう、奥へいって寝なさい。戸じまりはわしがするから。」
小僧は、またピョコンとおじぎをして、くらい奥の間のほうへ、きえていきました。これでみると、四十面相は、この古道具屋のおやじになりすましているのです。
ところが、ふしぎは、そればかりではありません。老人がおりたあとの自動車に、もっと奇妙なことがおこっていました。
それは新型の自動車で、後部がズッと出っぱっていて、そこがトランクになっているのですが、老人がおりたすぐあとで、そのトランクのふたが、音もなく、スーッとひらいたのです。そして、中から、まっ黒な顔をした、ルンペンのような子どもが、ヌッとあらわれました。頭の毛がひどくのびて、ボロボロの服をきた、十三、四の少年。
少年は、キョロキョロと、あたりを見まわしていましたが、いきなり、ウサギのようにピョイと、そとへとびだすと、トランクのふたを、ソッとしめました。運転手は、むこうを向いているので、すこしも気がつきません。やがて自動車は、少年をそこにのこしたまま、どこかへ走りさってしまいました。
少年は、ネズミのように、チョロチョロと走って、老人のはいった古道具屋のまえに近づき、石地蔵のかげに、身をかくして、店の中をジッとのぞきこむのでした。
なかでは、老人が卓上電話の受話器を、耳にあてて、しわがれ声でしゃべっていました。
「ハイ、さようで、今夜はおかえりがございませんので? ハイ、では、また、あすの朝、お電話いたします。どうか、よろしくおつたえを。ハイ、ハイ、さようなら。」
老人は、受話器をおくと、「チェッ。」と、舌うちをしました。
「しかたがない。それじゃあ、わしもねるとしようか。」
そして、老人は、戸じまりをするために、入り口のほうへ、やってくるようすです。それを見ると、少年は、ソッと石地蔵のそばをはなれて、またネズミのようなすばやさで、その場を走りさりました。
町かどを二つほどまがると、そこに公衆電話があります。
少年はいきなり、そのなかへとびこんで、受話器をはずし、番号をまわしました。そして、あいてが出ると、
「朝日薬局さんですね。お店にチンピラ隊の三吉がいるでしょう。ちょっと電話に出してください。オオ、三吉か。おれチンピラ千太だよ。報告するからね。すぐ、小林団長のところへ、かけつけるんだよ。」
そして、いま見たことを、早口にしゃべるのでした。
朝日薬局というのは、れいの博士邸から、さほど遠くない町にあるのです。小林少年は、あらかじめその薬局の主人にたのみこんで、チンピラ隊の三吉という少年を、そこにまたせておき、電話があったら、すぐ博士邸へかけつけるように命じておいたのです。
千太の電話を聞きおわった三吉が、博士邸へとんでいって、ことのしだいを、小林少年に知らせたことは、いうまでもありません。