悪魔の知恵
黒井博士は、大どくろの黄金板を、指でコツコツたたいて、鋲でとめたぐあいを、しらべていましたが、そばにいる松野さんと八木さんにむかって、言うのでした。
「この何千枚という、金の板をはがすのは、大しごとですね。道具も、持ってこなかったし、われわれ六人の力では、ちょっと、むりかもしれませんね。」
「そうですよ。われわれは、いったん陸にかえって、てきとうな技師をたのんで、おおぜいの人をつれて、もう一度、出なおしてくるほかはないでしょうね。それに、土地の警察にも、とどけでて、保護をねがう必要があります。なにしろ、この宝ものは、怪人四十面相が、ねらっているのですからね。」
松野さんが考えぶかく言いました。
「わたしも、それがいいと思う。しかし、手ぶらで、かえったのでは、なかなか、土地の人が、信用しないだろうから、この金の板を二、三枚はがして、しょうこに持ってかえることにしよう。道具がなくても、二枚や三枚、はがすのは、なんでもありませんよ。」
博士は、そういって、大どくろのあごのへんを、コツコツたたいていましたが、
「なんにしても、めでたい。われわれは、とうとう、もくてきをたっしたのです。これだけの黄金は、じつに、ばくだいなねうちですよ。われわれは、これを国庫におさめて、そのかわりに、紙幣をもらえばいいのだから、国のためにも、たいへんな、利益になるわけです。ながいあいだ、暗号を研究した、かいがありましたね。おたがいに、こんなうれしいことはない……。しかし、しごとにかかるまえに、いっぷくしましょう。みなさんも、ずいぶん、つかれたでしょう。」
博士は、洞窟の一方のすみに、腰をおろし、ポケットから、タバコを出して、火をつけました。人々も、それにならって、思い思いの場所に、腰をおろして、水筒の水をのんだり、タバコをすったりするのでした。
そうして、しばらくやすんでいるうちに、ふしぎなことがおこりました。まず松野さんが、コックリ、コックリと、いねむりをはじめ、それから、八木さんも、小林少年も、ふたりの青年も、つぎつぎと、おなじように、コックリ、コックリ、やりだしました。しばらくすると、腰をおろしていたのが、グッタリと、横になり、つめたい岩の上に、ながながと、ねそべるものもあり、グーグーと、いびきの音さえ聞こえ、みんな、前後も知らず、ねこんでしまったようすです。
六人のうちで、たったひとり、おきていたのは黒井博士です。博士はみんなの肩を、つぎつぎとゆりうごかして、ほんとうに寝てしまったことをたしかめると、なぜか、ニヤリと笑いました。半白のフサフサしたかみの毛、太いふちのロイドめがね、三角がたのあごひげ、その、ひとくせありげな博士の顔が、うすきみ悪く、ニヤリと、笑ったのです。
「オヤオヤ、みなさん、たわいもなく、寝こんでしまいましたね。これはどうしたことです。わたしひとり、のこされては、さびしいじゃありませんか。だが、みなさん、これから、どんなことが、おこると思いますね。いいですか。一そうの快速艇が、どこからともなく、この島へやってくるのです。それには、十人の、わしの友だちが乗っている。うでっぷしの強いやつばかりです。
快速艇は、もういまごろは、島の岸についている。十人の友だちが上陸して、小船の番をしている、じいさんの漁師を、ひっとらえ、それから、洞窟の入り口にまっている、ふたりの若者を、ひっとらえ、三人とも、しばりあげてしまう。
そうしておいて、十人の友だちは、この穴へはいってくる。麻ひもの道しるべがあるから、まよう気づかいはない。いま、じきに、ここへやって来ますよ。そして、ねむっているみなさんを、しばってしまう。あとには、わしと、十人の友だちだけだ。なにをしようと、だれも、じゃまをするものはない。そこで、わしたちは、なにをはじめると思いますね。ウフフフ……。」
黒井博士は、そう言って、さもうれしそうに、ぶきみな笑いをもらすのでした。
そのとき、ねむっていた五人の中から、人の声が聞こえてきました。
「むろんきみたちは、金の板を、すっかり、はがしてしまうのさ。そして、それを穴のそとへ、はこびだし、快速艇につみこんで、どこともしれず、ゆくえをくらます。フフン、じつに、うまく考えたねえ。悪魔の知恵は、おくそこが知れないねえ。ワハハハ……。」
ひともなげな、たかわらいが、洞窟に反響して、ワーン、ワーンと、おそろしい、ひびきをたてました。
黒井博士は、ギョッとして、思わず身がまえました。
「だれだッ、いま、笑ったのは、だれだッ。」
「ぼくだよ。きみのひとりごとが、あんまりおもしろかったので、つい目がさめてしまったのだよ。」
そう言って、ノコノコおきあがってきたのは、顔にほうたいをした八木さんでした。
「さては、きみは、さっきのコーヒーを、のまなかったな。」
「のまなかったよ。なんだか、すこし、にがすぎたのでね。」
さっき、とちゅうで、黒井博士が、みんなにのませたコーヒーには、ねむりグスリが、はいっていたのです。みんなは、そうとも知らず、コーヒーをのんだので、こんなに、ねむりこんでしまったのです。しかし、六人のうち、ほんとうに、コーヒーをのんだのは三人だけでした。あとの三人は、のむまねをして、のまなかったのです。それは黒井博士と八木さんと、それからもうひとり……。そのひとりが、だれであったか、読者諸君は、もうおわかりでしょうね。
「フーン、すると、八木さんは、いまの、わしのひとりごとを、すっかり、聞いたのですか。」
黒井博士が、いちじのおどろきから立ちなおって、おちつきはらった声で、たずねました。
「聞きましたよ。そして、悪魔の知恵に、すっかり、感心してしまったのです。」
八木さんは、博士のほうへ、近づきながら、これも、おちついた声で答えました。ふたりとも、左手に懐中電灯をもって、おたがいの顔をてらしあいながら、話しているのです。
「で、きみはどうするつもりです。わしの味方になりますか、それとも、敵にまわりますか。」
「味方になれば、この黄金を、ふたりで山わけにしよう、と言うのですか。」
「マア、そんなことですね。山わけでは、これだけの計画をたてた、わしのほうが、ちと、ひきあわないがね。」
「しかし、山わけでは、ぼくは、ふしょうちですよ。」
「エッ、ふしょうちだって? それじゃ、どうすればいいのだ。」
「みんなもらいたい。きみはこの黄金について、なんの権利も、持っていないのだ。」
八木さんの声は、だんだん、強くなってきました。博士はそれを聞くと、またギョッとしたように、ひと足、うしろにさがりました。三角ひげが、異様にふるえ、ロイドめがねの中の、両眼がグッとほそくなって、みるみる、邪悪の形相にかわってきました。
「ナニッ、この黒井博士が、なんの権利も、持っていないというのかッ。」
「黒井博士は権利を持っている。だが、きみは黒井博士じゃない。まっかな、にせものだッ。」
八木さんのはげしい声が、洞窟内にひびきわたりました。