あやしい女こじき
そのあくる日の夕方のことです。常楽寺のうらの、草ぼうぼうのおばけやしきの、こわれたコンクリートべいのそばを、酒屋のご用ききといったかっこうの、三十ぐらいの男が、あたりをキョロキョロ見まわしながら歩いていました。それは中村警部の部下の刑事の変装姿でした。
空はいちめんの雲にとざされ、風ひとつないどんよりとした日でした。歯がかけたように、こわれているコンクリートべい。その中の、ひざまでかくれるような草むら、うしろのほうには、常楽寺の墓場が、うす暗い木立ちの中に、チラチラと見えています。あたりは、シーンとしずまりかえって、人っこひとり通りません。
「なるほど、こいつはおばけやしきだ。なんて気味のわるいところだろう。」
ご用ききにばけた刑事は、そんなことをつぶやきながら、だれも人のいないのを見すまして、コンクリートべいのやぶれたあいだから、そっと中へはいっていきました。ところが、一歩足を入れたかとおもうと、かれははっとしたように、やにわに、草むらの中へ、身をかがめたのです。なにを見たのでしょう。
やはりへいぎわの、ずっとむこうの草むらの中に、なんだか黒いものが、うごめいていました。草のあいだから、首だけ出してじっとその方を見ていますと、やがて、それはふたりの人間であることがわかりました。なんだか、ゴミくずみたいな、じつにきたならしい人間です。ああ、わかりました。こじきです。こじきがこんなところに、やすんでいたのです。ひとりは女こじき、ひとりはその子どもでしょう。十四―五歳のきたない少年です。
刑事は、草の中を、その方へ近よっていきました。そして、よく見ると、女こじきはかた手で腹をおさえて、からだを、ふたつにおるようにしてうずくまっているのです。赤ちゃけたかみの毛は、スズメの巣のようにモジャモジャしていて、顔はあかでよごれてまっ黒です。着物ともいえないようなボロぎれを、からだにまとい、縄でおびをしています。
子どもこじきは心配らしく、女こじきの背中を、さすって、なにかいっているのですが、これも、黒くよごれたボロボロのシャツと、ズボンで、顔はまっ黒です。
「どうしたんだね、腹でもいたいのかね。」
ご用ききにばけた刑事が、女こじきの顔をのぞきこみながら、たずねました。
「うん、おっかあのしゃくがおこったんだ。おめえジンタン持ってねえか。あれのむと、なおるんだがな。」
少年こじきが、ジロジロと刑事の顔をながめながら、ぶえんりょにいうのです。
「ジンタンなんて持ってないね。そんなにいたいのかい。」
「なあに、たいしたこたねえんです。じきによくなります。」
女こじきが、うつむいたまま、かすれた声で答えました。
「そうか、病気ならしかたがないが、日がくれないうちに、ほかへ行ったほうがいいよ。こんやは、このばけものやしきに、おそろしいことがおこるんだ。おまえたちが、ここにいると、ひどいめにあうかもしれないよ。」
刑事はそういって、あたりを見まわしながら、へいの外へ出ていきました。ふたりのこじきも、それから二十分ほどするとどこかへ姿を消してしまいましたが、あとになって、このこじきは、にせものだったことがわかるのです。何ものかが女こじきと、少年こじきにばけていたのです。ふたりは、いったい、だれとだれだったのでしょうか。また、なんのために、このばけものやしきへ来ていたのでしょうか。