見知らぬ少年
地下室には一つしか入口がありません。その入口の前には、たえず人がいました。そこからは、ぜったいに、にげられないのです。では、ほかに秘密の出入り口でもあるのかと、刑事たちは地下室のすみずみまでしらべましたが、ネズミの出はいりする穴さえありません。怪人は煙のように消えうせてしまったのです。
怪人はいったい、どんな魔法をつかったのでしょうか。
「おやっ、これはなんだろう。」
ひとりの刑事が、地下室の床においてある、一つのふろしきづつみを指さしました。
それをきくと、うしろの方にいた高橋さんが、賢二君の手をひいて、そこへ出てきました。
「あっ、これは賢二とひきかえに、あいつにやった一千万円の札たばです。」
と、ふろしきの中をしらべてみましたが、
「たしかに、わたしの持ってきたまま、そっくりのこっています。あいつは、かんじんのお金をわすれて、にげだしたのでしょうか。これはいったい、どうしたわけでしょう。」
高橋さんは気味わるそうに、あたりを見まわすのでした。刑事たちも、いよいよわけがわからなくなって、だまって立ちすくんでいました。
そのときです。とつぜん、どこからか変な笑い声がひびいてきました。
「アハハハ……、高橋さん、きみがわるいのだよ。やくそくにそむいて、刑事なんか、つれてくるからさ。おれの方では、こんなこともあろうかと、ちゃんと用意をしていたんだ。もう金はほしくない。そのかわり、賢二君を遠くへつれていくのだ。山の中の鉄塔王国へつれていくのだ。……それじゃあ、あばよ。」
そして、ふしぎな声は、パッタリととだえてしまいました。
だれもいないのに、声だけが聞こえてきたのです。高橋さんも刑事たちも、おばけの声でも聞いたように、ゾーッとして、たがいに顔を見あわせるばかりでした。
それにしても、いまの声はわけのわからないことをいいました。
お金はほしくないから、賢二をつれていくというのですが、お金もここにあるし、賢二君もちゃんと、ここにいるではありませんか。あれはいったい、どういういみなのでしょう。
高橋さんはそのとき、ギョッとして、手をひいている賢二君の顔をみつめました。
「ちょっと、その懐中電灯の光を……。」
と、そばの刑事にたのんで、その光を賢二君の顔にあててもらいました。パッとあかるくてらしだされた顔。少年はキョトンとして、こちらを見あげています。
その顔は賢二君にそっくりでした。しかし、どこかしらちがっているのです。じっと見ていると、だんだん、そのちがいが、ひどくなってくるのです。
「おい、おまえ、賢二じゃないのか。いったいきみは、どこの子だ?」
高橋さんが、はげしい声で、しかりつけるようにたずねました。
「ぼく、木村正一だよ。賢二じゃないよ。」
少年は、やっぱり、キョトンとしています。
「どうして、賢二のかえだまになったんだ。わたしは、きみを賢二だとおもいこんでいたんだよ。」
「ぼく、学校の帰りに、変なやつにつかまって、ここへ、つれてこられたのです。そして、口と手をしばられたんです。でも、がまんしていれば、いまに高橋さんという人が来て、その人につれられていけば、おうちへ帰れるし、それから、エンジンで動く大きな船のオモチャを、くれるっていうやくそくだったんです。おじさんは高橋さんだから、ぼくに船をくれるんでしょう。」
木村というこの少年は、あまりりこうでないようです。怪人にうまくごまかされて、それを信じているらしいのです。
「そうだったか。それにしても、きみはあのカブトムシのおばけが、こわくなかったのかね。」
「こわかったよ。でも、しばられてるので、にげだせなかった。それに、ぼくをここへつれてきた変なやつが、にげると殺してしまうといったんです。」
少年のいうことは、うそではないようでした。それならこの少年は、悪人のために、かえだまにつかわれただけで、べつに罪はありません。
「よし、それじゃあ、きみはうちへつれていってあげよう。しかし、船のオモチャは、だめだよ。おじさんは、ひどいめにあったのだ。それどころではないのだ。賢二という、きみとよくにた子どもを、さらわれてしまったのだからね。」
高橋さんは、くやしそうにいいました。こんなよくにた、かえだまさえいなければ、だまされはしなかったのにと、この少年が、にくらしくなってくるのでした。
ああ、賢二少年は、やっぱり、鉄塔王国とやらへ、つれさられてしまったのです。
お金さえやれば、ほんとうの賢二君を、かえしてくれたのかもしれないのに、刑事たちをつれてきたばかりに、怪人にうらをかかれて、とりかえしのつかぬことになってしまいました。
高橋さんは、中村警部をうらめしく思いました。警部さえ、刑事をはりこませるようなことをしなければ、こんなことにはならなかったのです。
それにしても、名探偵明智小五郎は、いったい、なにをしているのでしょう。小林少年は、どこにいるのでしょう。さすがの名探偵も、こんやのことは、見通しがつかなかったのでしょうか。