名探偵の知恵
「それにしても怪人は、どうして、この地下室からにげだせたのでしょう。それから、だれもいないのに声が聞こえたのは? ……わたしには、なにがなんだか、さっぱりわかりませんが、明智さん、あなたはそのわけがおわかりですか。」
高橋さんが、みんなの聞きたいと思っていたことをたずねました。
「ぼくは、そのわけを、自動車が走りさったときに、とっさに気づいたのです。すこしおそすぎたかもしれません。しかし、怪人団の本拠をつきとめるためには、おそいほうがよかったともいえるのです。ちょっと待ってください。ぼくの考えがあたっているかどうか、いま、たしかめてみますから。」
明智はそういって、足もとにつぶされたようになって、よこたわっていた大カブトムシのうえにしゃがみました。そして、そのぶきみな口に手をかけて、グッとひらき、口の中へ、かた手を入れて、しばらくなにかやっていたかとおもうと、やがて、そこから、小さな器械のようなものを取りだしました。その器械には長いひもがついていて、口の中からズルズルと、ひきだされてくるのです。
「これです。これは小型のラウドスピーカーですよ。怪人が、自動車の中にあるマイクロフォンにむかって、口をきくと、その声が、このラウドスピーカーから出るという、しかけです。それで、カブトムシの中に、人間がいて、ものをいっているようにかんじられたのです。むろん、自動車と、この地下室のあいだには、ながい電線がひいてあったのです。草にかくしておけば、電線など、だれも気がつきませんからね。
それで、むこうの声が、聞こえたわけが、わかりました。しかし、こちらの声が、自動車の中まで、つたわらなければ、問答ができません。それには、この地下室のどこかに、マイクロフォンが、しかけてあるはずです。」
明智はそういって、刑事の懐中電灯をかりて、地下室の中を、あちこちとてらしていましたが、てんじょうのすみに、ひどくクモの巣のはっている場所を見つけました。
「あれかもしれない。クモの巣でかくしてあるのかもしれません。そのへんに、竹きれかなにかありませんか。」
それをきくと、ひとりの刑事が、どこからか、一本の竹きれをさがしだしてきました。明智はそれをうけとって、てんじょうのすみのクモの巣をはらいのけますと、あんのじょう、そこに小さなマイクロフォンが、とりつけてあったではありませんか。
「これですっかり、秘密がとけました。高橋さんの庭の物置小屋に、電話機をすえつけたのと同じやりかたです。怪人団には、電気のことを、よく知っているやつが、いるらしいですね。」
ああ、なんということでしょう。高橋さんは、カブトムシの中に怪人がいるとおもいこんで、しんけんになって、ラウドスピーカーと話をしていたのです。
「明智さん、ちょっと待ってください。それじゃあ、わたしに一千万円もってこいといったのが、むだになりますね。怪人団は、さいしょから、金をとる気がなかったのでしょうか。これがどうもふにおちませんね。」
高橋さんが、首をかしげていうのでした。
「いや、むろん、金はほしかったのです。しかし、ゆうべ、あなたと電話で話したとき、そばに中村警部がいることを感づきましたね。それで用心をしたのですよ。金に目がくれて、つかまってしまっては、なんにもなりません。そこで、こんなことを考えついたのです。あなたが、ひとりで来て、札たばのふろしきづつみをおいて行ったら、あとから、とりにくるつもりだったのでしょう。そして、なんのじゃまもなく、金が手にはいったら、そのときはじめて、ほんとうの賢二君をかえすつもりだったのかもしれません。
また、もし刑事が地下室へ、のりこんでくるようなことがあったら、札たばはそのままにして、ほんものの賢二君をどこかへつれさり、あなたや中村警部に、ざまをみろと、思いしらせる計画だったのです。二つに一つ、どちらにしても、そんはしないという、じつにうまい考えですよ。」
それをきくと、人びとは、怪人のおくそこしれぬ、悪知恵にあきれかえってしまいました。しかし、明智探偵の知恵は、さすがに、それよりも、もういちだん、すぐれていました。怪人の悪だくみを見やぶったばかりか、小林少年にさしずをして、怪人の本拠をつきとめようとさえしているのです。