ふしぎな尾行
原っぱのすみの、暗やみの中に、ヘッドライトも、ルームランプも消した一台の大型自動車が、とまっていました。それからすこしはなれた、ふかい草むらの中に、ひとりのこじき少年が、はらばいになって、じっと自動車の方を見つめていました。
このこじき少年は、いうまでもなく、明智小五郎の助手の小林君です。どこまでも、怪人団の自動車を尾行して、その行くさきをつきとめるのが小林少年の任務でした。しかし、尾行するといっても、こちらは自動車をもっていないのです。あいての自動車のどこかへ、もぐりこんで、かくれているほかありません。
小林君は、それには、なれていました。いつかも、怪人の自動車の後部のトランク(にもつを入れるところ)へ身をひそめて、賢二君をとりもどしたことがあります。こんやも、あの手をもちいるつもりでした。
小林君は、そっと怪人の自動車のうしろへ、はいよりました。まっ暗ですし、草がボウボウとはえているのですから、あいてに気づかれる心配はありません。
車体にたどりついて、後部のトランクのふたを持ちあげて、さぐってみますと、中には怪人団のカバンなどが、はいっているばかりで、じゅうぶん、すきまがあります。小林君はリスのような、すばやさで、その自動車のにもつ入れの中へ、すべりこみました。そして、カバンなどを、前の方へおしやり、いちばんおくのすみによこたわりました。大型の自動車ですから、足をちぢめれば、らくに、よこになれるのです。
この自動車は、どこまで行くかわかりません。どんなにながいあいだ、そこにかくれていなければならないかもわかりません。そこで、小林君は、いろいろのものを用意していました。黒いきれでつくった大きな袋を、だいじそうにかかえていたのです。その中には、探偵七つ道具や、水をいっぱいいれた旅行用のウイスキーびんや、かたパンの紙ぶくろや、着がえの服まではいっているのです。そのほかに、なんだかえたいのしれない、大きなまるいブリキかんや、こまごましたものが、いっぱいはいっていました。
小林君は、その袋の中から、針金をみょうなかたちにまげた、二センチぐらいの大きさのものを、二つとりだしました。そして、それを、自動車のにもつ入れの、ふたの両方のはしにはさんで、そっと、そのふたをしめました。すると、針金がじゃまになって、ふたは、ピッタリしまらないで、ほそいすきまがあいているのです。にもつ入れの中の空気がよごれて、息がつまってはたいへんですから、そのすきまから、空気がとおるようにしておくためです。さすがに小林少年は、そんなこまかいことまで、まえもって用意しておいたのです。
つぎには、袋の中から、大きな、黒いふろしきのようなものを取りだしました。そして、それで、じぶんの頭から足のさきまで、すっぽりと、つつんでしまったのです。これは、もし怪人団のやつが、自動車のにもつ入れのふたを、ひらくようなことがあっても、すぐにはみつからないためです。
そうして、じっとしていますと、しばらくして、エンジンの音が聞こえ、いきなり自動車が走りだしました。だんだん速力がくわわって、おそろしい早さで走っているのです。
その行くさきは、いったいどこなのでしょう。自動車の中には、手足をしばられ、さるぐつわをはめられた賢二少年が、ふたりの男にはさまって、こしかけています。怪人たちは、賢二君を、どこへつれていくのでしょう。
一時間、二時間、いつまでたっても、自動車はとまるようすがありません。ますます、速力がはやくなるばかりです。きゅうくつなにもつ入れの中に、身をちぢめていた小林君には、そのあいだが、どんなにながくかんじられたことでしょう。肩や腰が、いたくなってきました。せまい箱の中ですから、すわることも、寝がえりをすることもできません。
三時間、四時間、自動車はまだ走りつづけています。だんだん道が悪くなってきたとみえて、ガタガタと、はげしくゆれるのです。おなかもへってきました。小林君は例の袋の中から、かたパンをとりだしてかじり、ウイスキーびんの水をのみました。
ああ、このふしぎな自動車旅行は、いったい、どこまでつづくのでしょう。