そびえる鉄塔
途中で、一度、休みました。自動車にガソリンを入れたのです。そして、しばらくやすむと、また走りだしました。しばらくすると、のぼり坂にさしかかったらしく、速力がにぶくなりました。おそろしいでこぼこ道です。小林君は、泣きだしたくなるほどの苦しみでした。
もう、からだがしびれてしまって、気がとおくなりそうでした。それでも、自動車は、とまるようすがありません。それからまた、ながいながい時間、ゆれにゆれたうえ、やっと目的地にたっしたらしく、ぴたりととまったまま動かなくなりました。
小林君のかくれている、にもつ入れの、ふたのすきまから、うっすら光がさしています。夜が明けたのです。
自動車をおりた怪人団の男たちの話し声が、かすかに聞こえてきました。そっと、にもつ入れのふたをひらいてみますと、そこは、大きな森の中でした。自動車からおりた人たちは、森の大木のあいだのほそい道を、むこうの方へ、のぼっていくようすです。ああ、わかりました。ここからさきは、もう、自動車がとおらないので歩くほかないのです。歩いて山をのぼるのです。ここは、ふかい山の中にちがいありません。
小林君は、大いそぎで、かくれ場所からとびだしました。そして、自動車のよこにまわって、そっと中をのぞいてみましたが、車の中には、だれものこっていないことがわかりました。怪人団のやつらは賢二君をつれて、森の中へ、はいっていったのです。小林君は、例の黒いきれの大袋を、肩にかついで、そのあとを追いました。
見あげるような大木がたちならび、空も見えないほどの深い森です。その中に、ほそい道がついています。道といっても、めったに人のとおらないところらしく、クマザサのしげった中をガサガサと、かきわけてすすむのです。
音をたてて、あいてに気づかれてはたいへんですから、よほど注意して歩かなければなりません。といって、足もとに気をとられていると、あいてを見うしないそうになります。小林君の苦労は、なみたいていではありません。
それはじつに長い道のりでした。一時間いじょうも、歩きづめに歩いたのです。すっかり、つかれはてて、いまにもたおれそうになったとき、やっと目的地につきました。とつぜん、目のまえが、パッと明るくひらけたのです。
といっても、森を出はなれたのではありません。森のまん中の広い空地に、たどりついたのです。怪人団の男たちは、どんどんその空地へ出ていきましたが、小林君は見つかったらたいへんですから、森を出ることができません。一本の太い木のみきに、からだをかくして、空地をながめたのです。
そこには、びっくりするような、ふしぎなものがありました。空地のむこうのほうに、大きな黒いお城がたっていたのです。日本のお城ではなくて、西洋のお城です。一方のはしに、五十メートルもあるような、高い塔がそびえています。水道の鉄管を、何百倍にしたような、なんのかざりもない、まるい塔です。それがヌーッと、空にそびえているありさまは、じつに異様な感じでした。
その塔には、あつい鉄板がはりつめてあるように見えました。ところどころに小さな窓がひらいています。塔のよこには、やっぱり鉄でできた高いへいが、ずっとつづいていて、その中にいろいろな建物があるらしく、きみょうなかたちのやねが、いくつも見えているのです。へいの中ほどに、いかめしい鉄の門があって、その鉄のとびらは、ピッタリとしまっていました。
いつか、ふしぎなじいさんの、のぞきカラクリでみた、あの鉄塔と同じです。ですから、ここが怪人団の鉄塔王国にちがいありません。いよいよ敵の本拠にのりこんだのです。
小林少年は、そんなことを考えながら、胸をドキドキさせて、大木のみきのかげからのぞいていますと、怪人団の男四人と、そのうちのふたりに、両方から手をとられて、よろめきながら歩いている、かわいそうな賢二少年の姿が、だんだん、むこうへ遠ざかっていくのが見えました。
やがて、かれらが、いかめしい鉄の城門に近づきますと、鉄のへいの上の見はりの窓から人の顔があらわれ、上と下とでなにか問答をくりかえしていましたが、すぐに人の顔がひっこみ、鉄門のとびらがしずかにひらいて、やっと人ひとり通れるすきまができました。用心のためでしょう、それいじょうはひらかないのです。賢二少年をつれた四人の男は、そのわずかのすきまから、ひとりずつ、門の中へ、すいこまれるように姿を消していきました。
男たちを吸いこむと、とびらはふたたびしずかにしまって、あたりはシーンと、しずまりかえってしまいました。深山のふかい森にかこまれて、いかめしくそびえる鉄の城。その中には、いったい、どんなおそろしいものが、すんでいるのでしょうか。死の城、妖魔の城です。小林君はふと、その鉄の城門のむこうがわに、ウジャウジャとうごめいている、巨大なカブトムシのむれを想像して、ゾーッと、背すじがつめたくなる思いでした。
やっと、ここまで尾行はしたものの、このあと、どうすればよいのか、まるで、けんとうもつきません。うっかり森を出て城に近づけば、どこかから、怪人団のやつが見はっていて、たちまち、とらえられてしまうでしょう。それに、厳重な鉄の門をひらくてだては、まったくありませんし、あの高い鉄のへいをよじのぼるなんて、思いもよらないことです。小林君は道のない森の中を、大まわりして、ながい時間かかって、城のよこから、うしろのほうへまわってみました。しかし、よこにもうしろにも、同じような高い鉄のへいがはりめぐらされ、しのびこむすきまなど、まったくないことがわかりました。
小林君は考えこんでしまいました。いったい、どうすればいいのでしょう。しんぼうづよく見はっていて、ふたたび城門がひらくのをまち、なんとかくふうしてしのびこむか。しかし、どれほど待てばいいのか、けんとうもつきません。それに、一日いじょうは食糧がつづかないのです。
「あっ、いいことがあるぞ!」
小林君は、じつにうまいことを思いつきました。怪人団の自動車は、森の入口に、のりすてたままになっています。あすこまでひっかえして、じぶんであの自動車を運転して、どこか近くの町に出て、東京の明智先生に電話をかければよい。そうすれば、先生じしんで、ここへのりこんでこられるか、そうでなければ、なにかよい知恵を、さずけてくださるにちがいない。小林君は、自動車のところまでひきかえす決心をしました。自動車の運転には自信があります。明智先生にすすめられて、運転をならっておいたのが、いまこそ役にたつのです。
それから、また一時間あまり、例の大袋をかついで、つかれた足をひきずりながら森の中を歩きました。くるときに、ふみつけたクマザサを目じるしに、道らしい道もないところを、かきわけてとおるのですから、ときどき、道にまよって、とんでもない方角へ、まよいこむこともあり、その苦労はなみたいていではありません。
でも、やっとのことで、自動車のおいてあるところまで、たどりつくことができました。
小林君は、よろこびいさんで、自動車の運転台にとびのり、出発しようとしましたが、そのとき、ふと、あることに気づいて、ギョッとしました。胸をドキドキさせながら、ガソリンのメーターをしらべました。
ああ、やっぱりそうでした。怪人たちがのんきらしく自動車をすてておいたのには、わけがあったのです。
ガソリンがなくなっていたのです。この分量では、二キロも走れば動かなくなってしまいます。
こんな山の中に、ガソリンスタンドがあるはずはなく、ガソリンが手にはいらなければ、自動車は動かないのです。こんなところへほうりだしておいても、ぬすまれる心配はすこしもなかったのです。怪人たちが、つぎに出発するときには、城の中から、ガソリンをはこんでくるのでしょう。
小林君はガッカリして、運転台にすわりこんだまま、しばらくは、からだを動かす気にもなれませんでした。