ハトと縄ばしご
それから、小林君は、山男のような猟師から、いろいろのことをききだしました。そして、ここが、木曾山脈にぞくする、あの高山の山つづきであること、東京からここへ来るのには、どういう道を通るかということなどを、たしかめました。
その夜八時ごろ、小林君は、山男が眠ってしまったのを見すまして、例の黒い大きな袋をさげて、そっと山小屋をぬけだし、うらの空地に出ました。そして、袋の中から、茶つぼを大きくしたような、ブリキカンを取りだして、そのふたをひらきました。すると、中からクークーという、みょうな声が、聞こえます。小林君は、
「よし、よし、さぞきゅうくつだったろうね。だが、いよいよ、おまえの働くときがきたんだよ。しっかりやっておくれ。」
といいながら、カンの中に手を入れて、一羽のハトをひきだし、じぶんのポケットにいれていた、なにか小さなものを取りだして、それをハトの足に、くくりつけました。
「さあ、しっかり飛ぶんだよ。そら……。」
手をはなしますと、ハトは、しばらく考えているようすでしたが、やがて、大きな羽をひろげて、パッと飛びたちました。そして、見るまに、森の高い木の上に、姿をけしてしまいました。まっ暗な夜中のことですから、ハトのゆくてを見さだめることはできません。ただ、その羽音で、ぶじに大空へまいあがったことを察するばかりです。
「これでよしと。……さあ、いよいよ大冒険だぞ。」
小林君は、力づよく、ひとりごとをいって、身じたくに取りかかるのでした。
例の大きな袋の中から、黒いシャツ、黒いズボン下、黒いずきん、黒い手ぶくろ、黒い地下たびを取りだし、今まで着ていた、こじきのボロ服をぬいで、それと着がえ、頭から足のさきまで、ピッタリ身についた、黒ずくめの姿とかわりました。黒ずきんは、顔ぜんたいをつつむようになっていて、目のところに、二つのほそい穴があいているばかりです。
それから、小林君は袋の中から、黒ビロードの、はばのひろいバンドのようなものを取りだし、それをしっかりと腰にまきつけました。このバンドの内がわには、たくさんのサックがついていて探偵七つ道具が、はいっているのです。
そしてぬぎすてたこじきの服を、小さくたたんで袋にいれ、それをそこの木の枝にかけておいて、いよいよ、大冒険の第一歩をふみだすことになったのです。
目ざすのは、いうまでもなく、怪人の住む鉄の城です。小林君は腰のバンドから、小型の懐中電灯を取りだして、ときどきパッとあたりをてらしながら進むのですが、道もないまっ暗な森の中ですから、いくども方向をまちがえ、やっと鉄塔の見えるところへ出るのに、三十分もかかってしまいました。
そこは森にかこまれた、ひろい空地ですから、やみといっても、空のほのあかりで黒い巨人のような鉄の城のかたちが、クッキリとうきあがって見えるのです。
その空地へ出ると、小林君は懐中電灯をけして、城のほうへ近づいていきました。こちらは、頭から足のさきまで、ピッタリ身についた、まっ黒な姿ですから、たとえ城の中から、敵がのぞいていたとしても、気づかれる心配はありません。
城の鉄のへいのそばに近よると、小林君は、腰のバンドから、例の絹ひもの縄ばしごを取りだしました。はしごといっても、これは黒い絹糸をたくさんよりあわせた、細いけれども、じょうぶな一本のひもなのです。それに、四十センチぐらいのかんかくで、大きなむすび玉ができています。そこへ足の指をかけてのぼるのです。また、この絹ひものはじには、鉄でできた、ふしぎなかぎのようなものが、ついていて、どんなところへでも、ひっかかるようになっています。
小林君は、その絹ひもをのばし、鉄のかぎに近いところを右手に持って、高い城のへいを見あげました。へいの高さは五メートルもあるのです。その頂上をめがけて、ねらいをつけ、ヤッとばかりに、鉄のかぎをなげあげました。すると、かぎが、へいのうらの出っぱりに、ガチッと、ひっかかり、いくらひっぱっても、はずれないようになったのです。
小林君のまっ黒なこびとのような姿は、その絹ひもをつたわって、スルスルと鉄のへいをのぼり、たちまち、頂上にたどりつきました。そして、かぎをかけかえて絹ひもをへいの内がわにたらし、また、それをつたって城内の地面におりたち、たくみにひもをあやつって、へいの上のかぎをはずすと、それを手もとにたぐりよせ、小さくまるめて、腰のバンドの中へおしこみました。十メートルもある絹ひもですが、まるめると、ひとにぎりになってしまうのです。
城の中はまっ暗で、シーンとしずまりかえっています。しばらくあたりを見まわしていますと、ずっとむこうの方に、ぼんやりと四角な赤っぽい光が見えました。建物の窓の中に、あかりがついているらしいのです。小林君は、足音をしのばせて、その方に近づいていきました。