カブトムシ大王
城の中には、大きな建物が、まっ黒な怪物のようにそびえていましたが、近よってみると、それは大きな石をつみかさねてつくった石の建物でした。
光のさしていた窓の戸は、ひらいたままです。城のまわりに、あんな高い鉄のへいがめぐらしてあるので、中の建物は、しまりをするひつようもないのでしょう。
小林君はその窓わくにとびついて、両手でからだをささえながら、そっと、窓の中をのぞいて見ますと、そこは大広間とでもいうような、ガランとした広い部屋で、むこうの壁の柱に石油ランプがつりさげてあって、その赤ちゃけた光が、部屋の中を、ぼんやりとてらしているのでした。
しばらく待っても、だれもはいってくるようすがないので、小林君は、そのまま窓をのりこえて、部屋の中にはいりこみました。
部屋のむこうがわのドアのところへ行って、おしてみると、これも、なんなくひらきましたので、そのまま暗い廊下を、おくの方へたどっていきました。
長い廊下は、右に左に、いくどもまがって、ずっとおくの方へつづいていました。その両がわにはたくさんのドアがしまっていて、その中には、人が寝ているようすでした。かぎのかかっていないドアを、そっとほそめにひらいて、中をのぞいてみましたが、まっ暗で、なにも見えませんけれども、たしかに、人が寝ているらしく、感じられたのです。
そうして、廊下をおくの方へはいっていきますと、そのつきあたりに、たてにスーッと、糸のようなほそい光が見えました。ドアがピッタリしまらないで、そのすきまから、部屋の中のあかりが、もれているのです。
小林君は、しのび足でそこへ近より、ドアのすきまに目をあてて、中をのぞいて見ました。
それは、りっぱな広い部屋でした。部屋のかざりつけが、みんな金色にピカピカ光っているのです。てんじょうからは、宝石をちりばめたような、ガラス玉のかざりのある、シャンデリヤがさがって、それに、十数本のローソクがもえています。その光が、無数のガラス玉を通して、キラキラかがやいているのです。
部屋のまんなかには、まっかなビロードをはった、でっかい安楽いすがすえてあって、そこに、ふしぎな人物がこしかけていました。それは、見おぼえのある「のぞきじいさん」でした。このお話のはじめに小林君に、のぞきカラクリで、鉄塔王国のけしきを見せてくれた、あの魔法つかいのようなじいさんでした。頭の毛はまっ白で、胸までたれたフサフサとした白ひげのある、あのじいさんが、やっぱり、はでな、しまの洋服を着て、そのりっぱないすにこしかけていたのです。
いすのまえの、まっかなじゅうたんの上に、二ひきの巨大なカブトムシが、よこたわっていました。一ぴきは、人間のおとなより大きいやつで、それはグッタリと、寝そべっているように見えました。中には人間がはいっていないで、ただビニールのカブトムシのぬけがらだけが、そこにおいてあるらしいのです。
もう一ぴきのカブトムシは、もっと小さくて、中には人間の子どもでもはいっているらしく思われましたが、この方は、モゾモゾ動いているのです。ほんとうに子どもがはいっているのかもしれません。
「ワハハハ……。」
とつぜん、安楽いすにかけている、じいさんが、大きな口をあけて、白ひげをふるわせて、びっくりするような声で笑いました。
「おい、どうだ、くたびれたかね。おまえにいっておくが、おまえは、きょうから鉄塔王国の兵隊だ。カブトムシ軍の新兵だ。わかったか。きょうは、その訓練の第一日だ。これから毎日、はげしい訓練をうける。そして、だんだん、えらい兵隊になるのだ。兵隊を卒業すると、将校になる。将校になると、わしの事業の手助けをさせる。東京へも、大阪へも、いや、もっととおくまで、わしといっしょに、遠征するのだ。そしてカブトムシ軍隊の力を、世間のやつに見せてやるのだ。わかったかね。
わしは、この鉄塔王国のカブトムシの威力を日本じゅうに、見せつけてやりたいのだ。わしは鉄塔王国の国王だ。カブトムシ大王さまだ。わかったか。おまえのおやじは、わしの命令に、したがわなかった。軍用金を出さなかった。その罰として、おまえを、わしの国のカブトムシ軍の兵隊にしたのだ。わしの命令にしたがわぬやつへの見せしめにするのだ。
カブトムシ軍隊の訓練は、はげしいぞ。わしは新兵が入隊した第一日に、こうした訓示をあたえ、それから、わしみずから、カブトムシの動きかたを、やってみせることにしている。こんやはすこしおそくなった。もう九時半だ。しかし、いちおう、やってみせることにする。こういうものを着て、虫のように走ったり、とんだりするんだから、なかなか、むずかしい。この鉄塔王国の将校のうちにも、わしだけの働きのできるやつは、ひとりもいないのだ。さあ、よく見ておくがいい。」
白ひげのじいさんは、そういって立ちあがると、赤いじゅうたんの上においてあった、ビニールの大カブトムシのからを、ひっくりかえして、腹の方の出入り口をひらき、服を着たまま、足の方から、その腹のさけめへ、はいりこんでいくのです。そして、頭まですっかりはいってしまって、中から腹のさけめをとじると、あおむけになっていたのを、クルッと、ひっくりかえり、ガサガサと、はいだすのでした。
それから、じつにおそろしいカブトムシの運動が、はじまりました。
頭にはえたおそろしい一本のツノ、ギクシャクした長い足、まっ黒な背中に白いどくろもようのある、巨大なカブトムシは、おそろしい早さで、部屋の中をかけまわりました。かけるにつれて、足のかんせつがギシギシとなり、ヌーッとのびた、まっ黒な長いツノが、なにかを、つき落とすように、クイクイと、あがったり、さがったりするのでした。
カブトムシのかけまわる早さは、ますますくわわってきました。今はじゅうたんの上を走るだけでなくて、安楽いすや、そこにあるテーブルの上にかけあがり、かけおりるのです。ちょうどいつかの夜、銀座の大通りで、自動車の車体をのりこして進んだのと、同じいきおいでした。
やがて、もっとおそろしいことが、おこりました。カブトムシは、部屋の壁を、よじのぼりはじめたのです。ほんとうのカブトムシは、壁でもてんじょうでも、自由にはいまわります。この人間カブトムシも、それと同じことをやろうというのです。
巨大な、まっ黒なからだが、ガリガリとおそろしい音をたてて、壁ぎわのたなをあしばにのぼりはじめました。いくども失敗して中途からころがり落ちたすえ、とうとう、てんじょうまではいあがりました。そして、そこから、パッと、じゅうたんの上へ落ちるのです。
ほんとうのカブトムシが、木の枝から落ちるように、まっさかさまに落ちてくるのです。それを、いくどもくりかえすのです。
てんじょうから、おそろしい音をたてて落ちるときには、たいてい、背中を下に腹を上にして、じゅうたんの上にころがります。そして、しばらくのあいだ、ぶきみな長い足を、モガモガやっているうちに、ピョイと、まともな姿勢になるのです。これも、よほど練習しなければ、できないわざにちがいありません。
二十分ばかりも思うぞんぶんはいまわり、とびまわったあとで、カブトムシはやっと運動をやめてあおむきになったかとおもうと、例の腹のさけめから、ぬっと白ひげのじいさんの顔があらわれました。見ると、その顔は汗でビッショリです。
じいさんはカブトムシのからから、すっかりぬけだすと、もとの安楽いすにこしかけました。そして、そこへうずくまって、じっとしていた子どもカブトムシに話しかけました。
「どうだ、わかったか。カブトムシはこんなぐあいに動くのだ。おまえには、まだとてもできないが、あすから、ほかの兵隊たちといっしょに訓練をしてやる。わしがむちをふるって、ピシリ、ピシリと、背中を、たたきつけながら、訓練してやる。
では、もう部屋へひきとって、寝るがいい。十二号室だ。わかっているだろうな。さあ行きなさい。」
そういわれると、かわいそうな子どもカブトムシは、モゾモゾ動きはじめました。そして、ドアの方にむかって、はってくるのです。ドアのすきまから、むちゅうになってのぞいていた小林君は、はっとしてとびのき、廊下のやみの中に身をかくしました。
ドアがひらいたかとおもうと、すぐにピッタリとしまりました。
暗やみといっても、どこか遠くの方のあかりが、そのへんをうす明るくしているので、やっと物のかたちを見わけることができます。
しばらくすると、壁に身をつけて、かくれている小林君の前を、黒いカブトムシが、ゴソゴソと、はっていくのが、見えました。さっきの子どもカブトムシです。やみの中に、ほんのりと、背中のどくろのもようが、ういて見えます。まっ暗な中を、同じように黒い巨大な妖虫が、モゾモゾとはっていきます。ハッキリ見えないだけに、それはなんともいえない気味わるさでした。
小林君は、やみの中にうごめく、この妖虫のあとをおって、壁ぎわをすこしずつ歩きだしました。
なぜでしょう。
読者諸君は、とっくにおわかりですね。その子どもカブトムシの中には、怪人団にさらわれた、あの高橋賢二少年が、とじこめられていたからなのです。