長ぐつの女王さま
つぎは、いよいよ、「馬にのる十人の女王さま」です。
バンドのいさましい音楽がはじまると、がくや口のカーテンが、サッとひらいて、馬にまたがった美しい女王さまが、しずしずとあらわれてきました。ひとり、ふたり、三人、四人……、みんな、おなじ服装です。十人の女王さまが、十とうの馬にまたがって、砂場のまわりの馬場を、グルグルと、まわりはじめました。
じつに、美しいけしきでした。女王さまたちは、みんな若いきれいな女の人で、それが、まっかなラシャを、白い毛皮でふちどった女王さまのマントをはおり、キラキラ光る王冠をかぶっているのです。王冠の金色と、マントの赤とが、てりはえて、その美しさは、なんともいえないほどです。
女王さまたちは、マントの下には、やはり赤いラシャに、白い太いすじのはいったズボンと、黒い長ぐつをはいていました。長ぐつには銀色の拍車がついているのです。
かぶっている王冠は、ひとりひとり、形がちがっていますけれど、みんな金色にかがやいて、宝石がちりばめてあるのです。金色はメッキで、宝石はガラス玉なのでしょうが、大テントのてんじょうからさがっている照明のライトに、キラキラ、チカチカと光って、目もまばゆいばかりでした。
十とうの馬たちは、いさみたって、ヒヒン、ヒヒンと、いななきながら、だくをふんで、馬場を三度まわりました。すると、そのとき、バンドの音楽のちょうしが、パッとかわったかと思うと、十人の女王さまたちは、赤いマントをひらりとぬいで、砂場になげすて、むねに金モールのかざりのある赤いうわぎに、赤いズボンの、みがるな姿になって、馬の曲のりをはじめるのでした。
まっかな服の美しい女王さまたちが、ひらり、ひらりと、右に左に、走る馬のせなかを、とびちがいました。それから、三とうの馬をならべて走らせ、ふたりの女王さまが、両はしの馬の上に立ち、まん中の女王さまが、ふたりの肩にのって、まっすぐに立ちあがり、パッと両手をひろげたまま、馬場をひとまわりします。すると、三つの王冠が、三だんになって、キラキラかがやき、そこにちりばめた宝石が、五色のにじのように見えるのです。
「小林さん、あれ、たしかに、そうだよ。」
園井少年が、となりの小林団長にささやきました。
「あれって?」
「ほら、ふたりの肩の上にのっている女王さまの宝冠ね。ぬすまれた『にじの宝冠』と、そっくりなんだ。あんなによくにた宝冠が、ほかにあるはずないよ。」
「えっ、あれが『にじの宝冠』だって?」
「そうだよ。もう、まちがいない。ほら、あれだけがほんとうの金だよ。ほんとうの宝石だよ。ほかの宝冠とくらべて、まるで光りかたが、ちがっているでしょう。」
「うん、そういえば、あれだけ、よく光るね。園井君、きみの思いちがいじゃないだろうね。形が、そっくりなのかい?」
「うん、まちがいない。あれだよ。たしかに、あれだよ。」
園井少年は、いきをはずませて、いいきるのでした。
「よしっ、それじゃあ、ぼく、先生に電話をかけてくるからね。きみは、知らん顔しているんだよ。ほかの団員にも、いっちゃいけない。さわぎたてて、あいてに気づかれると、まずいからね。いいかい、すぐ帰ってくるからね。」
小林団長は、そういいのこして、そっとせきを立ち、便所へでもいくような顔をして、テントの外へ、かけ出しました。そして、近くのタバコやの電話をかりて、明智先生に、ことのしだいを知らせたのです。
十人の女王さまのショーは、二十分あまりもつづきましたが、ありとあらゆる馬の曲のりを見せたあとで、女王さまたちが、がくや口へはいってしまうと、つぎは空中サーカスの番組でした。大テントのてんじょうのいくつかのぶらんこがおろされ、砂場の上には大きな救命網が、はりわたされました。
小林少年は、とっくに見物せきにもどっていましたが、空中サーカスの用意がすすめられているときに、テントの入口に、明智探偵のすがたが、チラッと見えました。
小林君は、すぐそれに気づいて、いそいでそこへいきました。すると、明智探偵は、小林君を、ものかげによんで、
「警官隊が、このテントを包囲している。警視庁の中村警部もきているよ。で、その宝冠をかぶった女の子は、どこにいるんだね。」
とささやきました。
「さっき、十人の女王さまのショーが、すんだばかりです。いまはがくやにいると思います。まだ着がえもしていないかもしれません。」
小林君も、ささやき声で答えました。
「よしっ、それじゃ、ぼくと中村君とで、がくやをしらべる。きみたちも、目だたないように、ここを出て、テントの外を見はってくれたまえ。」
明智は、そういいのこして、外に出ると、せびろ姿の中村警部を、手まねきして、ふたりで、がくやへはいっていきました。