大グマと巨人
大テントのとなりに、小さいテントがあって、その中に、オートバイ曲芸の巨大なおけのようなものがすえてありました。それは直径五メートルもある、大きな深いおけで、オートバイ選手が、その内がわを、グルグルまわる、あの冒険曲芸のぶたいです。
巨大なおけの上の、外まわりに、板ばりの見物せきがあります。明智探偵と小林少年と、少年団員たちは、はしごをかけあがって、その見物せきにならび、おけの中をのぞきました。
深いおけのそこに、一ぴきのクマが、グルグル歩きまわっていました。鉄のくさりで、おりの中にしばりつけてあったのを、ひきちぎって逃げだしてきたのでしょう。はんぶんに、ちぎれたくさりが、あと足についています。
「じゃあ、こいつは、テントの前のおりをやぶって、逃げてきたのですね。」
小林君が、なにか、いみありげに、明智探偵の顔を見ました。
「そうらしいね。だが、あのおりの中にもまだクマがいるかもしれないよ。いってみてごらん。」
明智探偵がみょうなことをいいました。
「でも、このサーカスには、クマは一ぴきしかいないはずです。」
「それが、二ひきになったかもしれないのだよ。ためしに、見にいってごらん。」
明智探偵は、ときどき、こんなふしぎなことをいいます。しかし、それは、いつでも、けっしてまちがっていないのです。
小林少年は、ともかく、クマのおりをしらべるために、はしごをおりて、大テントの前へかけつけました。
見ると、そのおりのまわりには、さっき、クマの見はりをするように、さしずをしておいた五人の少年が集まっていました。そして、おりのなかには、ちゃんと、クマがいたではありませんか。
「あっ、小林さん。」
少年のひとりが、ふりむいて、声をかけました。小林君は、いそがしく、たずねます。
「きみたち、ずっと、ここにいたんだろうね。」
「うん、ここにいたよ。」
「そのクマは、一度も、おりを出なかったろうね。」
「もちろん、出るはずはないよ。」
「ふしぎだなあ。クマが二ひきになったんだよ。」
「えっ、二ひきに?」
「あっちに、冒険オートバイの大きなおけがあるだろう。あのおけのそこにも、一ぴきのクマがいるんだよ。足のくさりがちぎれてるから、おりから逃げたにちがいないんだ。」
小林団長は、うでぐみをして考えこみました。
「おやっ、そういえば、このクマの足には、くさりがついていないよ。ほらね。そして、おりのすみに、半分にちぎれたくさりがのこっている。へんだなあ。」
ひとりの少年が、それをゆびさして、いいました。
「それに、このクマ、ばかにでっかいじゃないか。まえからいたクマは、この半分ぐらいしかなかったよ。」
また、ひとりの少年が、それに気づいてさけびました。
「そうだ、こんな大きなクマじゃなかったね。」
小林少年も、そうおもいました。おりの中のクマは、オートバイのおけのそこにいたクマの二ばいもあるのです。
なんだかきみがわるくなってきました。いったい、どこから、こんなでっかいクマが、やってきたのでしょうか。ひょっとしたら、こいつが、もう一ぴきのクマを追いだして、このおりをせんりょうしたのかもしれません。
「このクマのかっこう、なんだか、へんだねえ。あと足が、いやに長いよ。かたわのクマかしら。」
ひとりの少年がいいました。いかにも、そういえば、どことなく、へんなかっこうです。小林君は、じっとクマの姿を見ていましたが、そのとき、決心したようにさけびました。
「そうだ。きっとそうだ。よしっ、先生と、おまわりさんを、よんでこよう。そして、こいつを、もっとよく、しらべるんだ。」
そして、そのばを、たちさろうとしたときです。おりの中のクマが、いきなり、あと足で立ちあがって、まっかな口をひらいて、ウオーッとうなりました。いまにも、少年たちに、とびかかってくるような、いきおいです。
みんなは、はっとして、おりの鉄棒のそばをはなれました。
すると、大グマは、前足でおりのとびらを、ガチャガチャいわせていましたが、またウオーッとうなって、大きなからだを、とびらにぶっつけたかとおもうと、それが、パッとひらいたのです。おりのとびらが、おおきくひらいてしまったのです。
少年たちは、わあっとさけんで逃げだしました。
クマは、ひらいたとびらから、おりの外へとび出し、いきなり八幡神社の森の方へかけ出していきました。
さっきはゾウが逃げだし、やっとそれをつかまえたかとおもうと、こんどはクマです。またクマ狩りを、はじめなければなりません。
小林団長は、よびこをとり出して、ピリピリ……と、ふきならしました。すると、テントの入口から、数名の警官がかけつけてきました。
「たいへんです。クマがおりをやぶって逃げたのです。ほら、あすこへ、走っていきます。」
それをきくと、警官たちは、腰のピストルをとり出して、走りだそうとしました。
「ちょっと、待ってください。」
小林君は、警官たちをとめて、なにかヒソヒソと、ささやきました。
「ね、だから、ピストルをうっちゃいけません。手でつかまえてください。そして……、ね、わかったでしょう。」
警官たちは、へんな顔をして、
「それは、まちがいないだろうね。」
と、ねんをおしました。
「だいじょうぶです。明智先生の命令です。」
「よしっ、それじゃあ……。」
というので、警官たちは、ピストルを、サックにしまい、そのまま、おそろしいいきおいで、かけだしました。小林君をはじめ、少年たちも、そのあとにつづきます。
大グマは、もう神社のうら門から、森の中へとびこんでいました。警官や少年たちが、うら門にかけつけたときには、どこにかくれたのか、そのへんにクマのすがたは見えません。みんなは、あちこちとさがしまわりました。
「へんだなあ。あんなわずかのまに、遠くへ逃げることは、できないはずだが。」
警官のひとりが、ふしぎそうに、つぶやきました。
すると、そのとき、小林少年が、空をゆびさしながら、とんきょうな声をたてました。
「あっ、あすこにいる。あの木の枝にのぼっている。」
見ると、クマは大きなカシの木の枝にとりすがって、下をにらんでいるのです。
「しかたがない。ピストルでおどかそう。」
警官は小林君とヒソヒソささやきあったあとで、腰のピストルをとりだし、空にむかって、一発ぶっぱなしました。
「こらっ、おりてこい。おりてこないと、うちころしてしまうぞっ。」
警官は、まるで、人間によびかけるように、どなりました。
すると、クマのほうでも、そのことばがわかったのか、うたれてはたまらないと、いわぬばかりに、木の枝の上でまごまごしていましたが、いきなり、ぱっと地上にとびおりたかとおもうと、すぐたちなおって、表門の方へかけ出しました。
少年たちは、「ワーッ。」といって逃げだしましたが、警官と小林団長は逃げません。ゆうかんにクマを追っかけていくのです。
クマは、木のみきのあいだをぬうようにして、ぐるぐる、逃げまわります。クマと人間のおにごっこです。
ふたりの警官が、さきまわりをして、木のかげに待ちぶせしました。おおぜいに追っかけられて、ちまよったクマは、それともしらず、ちょうどその方へ逃げていきます。
三メートルほどに近づいたとき、ふたりの警官は、ワーッとさけんで、木のかげからとびだし、クマの目の前に大手をひろげて、たちふさがりました。
クマはびっくりして、ひきかえそうとしましたが、うしろからは、べつの警官が追っかけてきます。はさみうちになってしまったのです。
さすがの大グマも、「しまったっ。」というように立ちすくむ、そのすきを見て、前とうしろから、三人の警官がとびかかっていきました。そして、くんずほぐれつの大格闘がはじまったのです。
そのころには、神社の境内を見はっていた少年たちも、みんな集まってきました。そして、格闘のまわりを取りかこんで、ワーッ、ワーッと、警官にせいえんをおくるのでした。
クマは大きなずうたいにしては、あんがいよわいやつで、しばらくすると、三人の警官にくみふせられ、地面にへたばってしまいました。
「ちくしょう! ほねをおらせやがった。いま、ばけのかわをはいでやるぞ。このへんに、ボタンがあるんだろう。」
クマの首のへんに、またがった警官が、みょうなことをいって、クマののどのあたりを手でさぐってなにかやっていたかとおもうと、こんどは、両手をクマの頭にかけて、いきなりぐいと、うしろの方へねじまげるようにしました。
すると、じつにおどろくべきことが、おこったのです。
大グマの頭が、うしろへすっぽりとぬけてしまい、それにつづいて、肩からせなかにかけて、ぐるぐると、かわがはがれていったではありませんか。
クマのかわが、はがれたあとから、あらわれてきたのは、おもいもよらぬ人間の上半身でした。
「わあっ、こいつ、サーカスの道化師の大男だっ。」
だれかが、さけびました。いかにも、それは、あの大男でした。まゆのこい、目の大きな、西郷さんの銅像みたいな大男でした。
かれは、いざというときのよういに、大きなクマのかわをもっていたのです。そして、それをかぶって、おりにはいり、大グマにばけて身をかくしていたのです。
少年たちは、ワーッと勝利のときの声をあげました。さきには玉にかくれた一寸法師をとらえ、いまはまた、クマにばけた大男をとらえることができました。あとには、あの宝冠をかぶった少女がのこっているばかりです。