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灰色巨人-黑线消失
日期:2021-11-28 23:58  点击:280

切られた黒糸


 お話はもとにもどって、こちらは、探偵犬シャーロックを自動車の前にくくりつけ、自動車には明智探偵と小林少年が乗りこんで、イヌの走るままに車を運転して、賊の自動車のあとを追っていました。
 小林君が賊の自動車の下にコールタールのかんをつけておいたので、そのかんの針の穴から、タールが黒い糸のように流れ落ちて、道路にタールのにおいをのこしていきます。名犬シャーロックは、そのにおいをかいで、賊の自動車をついせきしているのです。
 シャーロックは品川(しながわ)をはなれて、夜の京浜(けいひん)国道を、どこまでも走りつづけました。やがて、横浜をすぎ、さらに二十分も走りつづけますと、どうしたのか、シャーロックの速度が、だんだんのろくなってきました。さすがの名犬も、一時間以上、走りつづけたので、つかれてしまったのでしょうか。
「あ、わかった。コールタールの糸が切れたのですよ。あのかんは五十分ぐらいでからになってしまいます。ぼくたちは、ここまで一時間以上もかかったけれど、賊の自動車は全速力で走っていたので、ちょうどこのへんで、五十分ぐらいになったのです。だから、コールタールの黒い糸がつきてしまったのです。」
 小林少年が、すばやく頭をはたらかせて、イヌの速度のにぶったわけを説明しました。
「うん、そうらしいね。しかし、もうすこしためしてみよう。黒い糸がたえてしまっても、まだタールのしずくが、ポツポツたれているかもしれない。シャーロックは、そのかすかなにおいを、かぎつけるだろう。」
 明智探偵はそういって、自動車を徐行させながら、シャーロックの歩くにまかせておきました。
 探偵犬は、しきりに地面をかぎながら、のろのろと、国道からわき道へまがっていきます。やっぱり明智探偵のいうとおり、そのほうに、コールタールのしずくが、たれているらしいのです。
 しかし、そのしずくは、だんだん小さくなり、しずくとしずくのへだたりが長くなっていくので、シャーロックの苦心はひととおりではありません。長いあいだまよったあと、やっと、においをかぎつけて、すこしずつ進んでいくのです。
 そうして、三百メートルほど進んだとき、いよいよ、においがなくなってしまったのか、シャーロックは、ぴったり、とまったまま動かなくなってしまいました。
「こんなことなら、もっと大きなコールタールのかんを、つけておくんだったね。」
 明智探偵は、ざんねんそうにつぶやきましたが、まだ、あきらめられないらしく、
「ともかく、一度、おりてみよう。そして、シャーロックの綱を持って、このへんを歩いてみよう。」
と、小林君をうながしました。
 そこで、ふたりは車をおり、にせ宝冠のふろしきづつみを明智がこわきにかかえ、イヌの綱は小林少年が持って、シャーロックの進むままに、そのへんを歩きはじめました。
 そこは国道からそれた、ひじょうにさびしい場所で、かたがわは畑、かたがわは大きな森になっていました。それも平地の森ではなくて、小山のような丘で、ずいぶん深い森です。
 シャーロックは、その森にそって、のろのろと歩いていましたが、ある場所にくると、なにか、ほかのにおいをかぎつけたらしく、いきなり森の中へ、ガサガサと、はいっていくのです。
 大きな立木の下に小さな木がしげり、草がいっぱいはえていて、道もないところですが、シャーロックがどんどんはいっていくので、小林少年も綱にひかれて、そこへはいっていきました。明智探偵もあとにつづきます。
 深い草や、足にまといつく下枝(したえだ)をかきわけて、しばらく丘をのぼりましたが、やっぱりだめでした。シャーロックは、きょとんとして、そこにうずくまったまま、まったく動かなくなってしまいました。
 明智探偵は、なおも、そのへんを歩きまわって、しらべましたが、大きな立木ばかりで、家らしいものはどこにも見えず、こんなところに、賊のすみ家があろうとは思われませんでした。
 ふたりは、とうとうあきらめて、いったん、ひきあげることにしました。こんどは、シャーロックも自動車に乗せて、全速力で東京に帰ったのです。
 東京に帰ると、シャーロックを、もちぬしに返しておいて、すぐに園井さんのうちをたずねました。もう夜中の十二時でしたが、正一君がもどっているかどうか、それがなによりも心配だったからです。
 園井さんのげんかんのベルをおしますと、女中がドアをあけて、すぐ応接室に通してくれましたが、まもなく、園井さんが正一君をつれて、ニコニコしながら、そこへはいってきました。
「やあ、おかげさまで正一は、ぶじにもどりました。べつに、ぎゃくたいもされなかったそうで、ごらんのとおり、こんなに元気です。」
 園井さんがうれしそうにいいますと、正一君も、小林少年と、なつかしそうにあくしゅをして、明智探偵には、ピョコンとおじぎをしました。
「よかったですね。で、賊のすみかは、どこでした。その家はどんなふうでした。」
 明智がたずねますと、園井さんは、こまったような顔をして、
「それがねえ、まるでけんとうがつかないのですよ。いきも帰りも目かくしをされていましたし、賊のすみかというのが、みょうな地下道をくぐってはいるような、かわったたてものでしてね。」
 それから、賊の首領らしい、白ヒゲの老人のこと、ふしぎなたてもののことなどを、くわしく話しました。
 明智はねっしんに、その話を聞いていましたが、やがて、なんと思ったのか、いきなり右手を頭にもっていって、指でモジャモジャのかみの毛を、ぐるぐると、かきまわしはじめました。これは、明智探偵が、なにかうまい考えが浮かんだときに、いつもやるくせでした。
 そして、園井さんの話が終わると、こんどは明智が話をするばんでした。
「ぼくのほうは、しっぱいをしましてね。れいの黒い糸が、とちゅうで切れてしまったのですよ。」
と、さきほどのことを、てみじかに語り、
「ところで、あなたが賊の自動車に乗っておられたあいだは、どれほどだったでしょうか。」
とたずねるのでした。
「さあ、はっきりはわかりませんが、一時間はかかっていませんよ。五十分ぐらいでしょうか。」
 それを聞くと、明智はまた、頭の毛に指をつっこみました。
「やっぱりそうだ。黒い糸が切れたのと、賊の自動車がとまったのと、ほとんどどうじだったのですよ。すると、やっぱり、横浜から二十分ぐらいむこうの、森のように木のしげった、あの丘があやしい。どうやら、あそこに賊のほんきょがあるらしい。」
「しかし、そんな丘の上に、あんな大きな、コンクリートのたてものがあるのでしょうか。」
 園井さんが、いぶかしそうにいいました。
「いや、そこがおもしろいところですよ。灰色の巨人というやつは、いつでも、じつにきばつなことを考えます。その大きなたてものの秘密は、ぼくには、だいたいわかったように思われます。きっとそうです。じつに奇想天外(きそうてんがい)です。あいつは、まるで魔術師みたいなやつです。園井さん、ご安心ください。『にじの宝冠』は、かならず、とりかえしてみせます。ぼくにはもう、賊のすみかがわかったのですからね。あいてが魔法つかいなら、こちらも魔法を使うのです。そして敵のうらをかいて、あの怪物をあっといわせてお目にかけます。」
 明智探偵は、さも自信ありげに、「にじの宝冠」とりかえしの約束をするのでした。
 さて、そのあくる日の朝早く、横浜から五キロほどむこうの、あの小山のような森の中に、ひとりのみょうな男が、うろうろしていました。ジャンパーに、茶色のズボン、とりうち帽をかぶり、黒いほそぶちの目がねをかけた、いなかから出てきた行商人といった、ふうていです。四角いはこのようなものをふろしきにつつんで、せなかにしょっています。その中には、富山のくすりなんか、はいっているのかもしれません。
 その男は、道もない森の中を草をふみわけて、丘の上へのぼっていきましたが、道路から二百メートルものぼったところで、ちょっと立ちどまると、森の木のあいだから、むこうの方をすかして見て、にっこり笑いました。
 この行商人のような男は、じつは明智探偵の変装すがたでした。いま、むこうの方を見て、にっこり笑ったのは、なぜでしょうか。そこには、いったい、なにがあったのでしょう。


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11/28 10:56