怪人のさいご
ヘリコプターの操縦席では、怪老人と操縦士が、笑いながら話しあっていました。
「ワハハ、……警察のやつらの、くやしがっているのが、豆つぶのように見えるぞ。ざまを見ろ。ワハハハ……。明智探偵のやつ、灰色の巨人の秘密を、さぐりだしたのはいいが、おれをつかまえることができなかったじゃないか。さすがの名探偵さんも、ヘリコプターとは、気がつかなかったらしいね。」
怪老人がいいますと、部下の操縦士も笑いだして、
「空中に逃げるのは、首領のくせですからね。いつかは、デパートの屋上から、アドバルーンで、品川おきへ逃げだしたし、こんどはヘリコプターです。そこへ気がつかないとは、よっぽど、ぼんくら探偵ですよ。……しかし、ねえ、首領、あのたくさんの宝石を、のこしてきたのは、ざんねんです。首領がながいあいだに、ためこんだ宝石が、みんな警察にとりあげられるじゃありませんか。」
操縦士は、三十五―六歳のすばしっこそうな男でした。かわの飛行服をきて、飛行めがねをかけ、その下から黒いチョビひげが見えていました。怪老人に、いちばん信用されている長野という部下です。
「うん、それはざんねんだが、宝石まで持ってにげる、よゆうがなかった。なあに、あれぐらいの宝石は、またすぐに、ぬすんでみせるよ。なんにしても、明智のやつを、あっといわせたのが、ゆかいだ。あいつには、いつも、さいごに、やられているからね。ところが、こんどは、そうはいかなかった。あいつ、さぞくやしがっているところだろうて。」
「いいきみですね。ところで、首領、明智はどこにいましたかね。首領をとらえにやってきた人数のなかに、明智がいましたかね。」
「いや、いなかった。それが、ちょっと、ふしぎなんだ。やってきたのは、中村警部と五人の刑事だけだった。」
「へえ、そいつは、おかしいですね。すると、あの探偵さんは、いまごろ、どこにいるんでしょう? なんだか、うすきみがわるいですね。」
「うん、おれも、それが、なんとなく、気がかりなんだよ。」
ヘリコプターは、町や村の上を通らないようにして、山づたいに、東京都の西のはじの奥多摩の方にむかって、すすんでいました。目の下には、山々の、こんもりしげった森と、あかい地肌とが、まだらもようになって、小さく見えています。
「首領にうかがいますがね。デパートの屋上からアドバルーンで逃げだしてからあとの、首領のやりかたは、ひどく、はでやかでしたね。宝石を手にいれることよりも、うでまえを、見せびらかすのが目的だったように見えますね。そのあいては、明智小五郎だったのじゃありませんか。うらみかさなる明智のやつを、あっといわせて、どうだ、こんどは、おれが勝ったぞと、いいたかったのでは、ありませんか。」
部下がそうたずねますと、怪老人は深くうなずいて、
「むろんだよ。宝石もほしかったが、明智をやっつけるのが、第一の目的だった。あいつは、おれのしょうがいの、かたきだからね。」
「へえ、そうですかい。しかしね、首領、明智のほうでは、負けたとは思っていないかもしれませんぜ。首領は、うまく逃げだしたと思っていても、明智は、首領をつかまえたと、考えているかもしれませんぜ。」
部下の長野が、みょうなことをいい出しました。
「なんだって? 長野、きさま、どうしたんだ。へんなことをいうじゃないか。それはどういういみだ。もう一度、いってみろ。」
怪老人は、ぎょっとしたように、長野の顔を見つめました。
「なんどでもいいますよ。明智は、ちゃんと、首領を、つかまえているんです。」
「ワハハ……、ばかなことをいうな。おれはこうして、明智の手のとどかない、空の上にいるじゃないか。どうして、つかまえることができる?」
「ところが、手がとどくかもしれないのです。ハハハ、……おい、二十面相! それとも、四十面相といったほうが、お気にいるかね。もういいかげんに、そのしらがのカツラと、つけヒゲをとったらどうだね。そうすれば、ぼくも、素顔を見せてやるよ。」
そういったかと思うと部下の長野は、左手で飛行帽をぬぎ口ヒゲをむしりとり、素顔を見せました。
「あっ、き、きさま、明智小五郎だなっ。」
部下だとばかり思っていた男が明智探偵だったと知って、怪老人はあっけにとられてしまいました。
「きみの部下の長野君は、観音像のむこうの森のなかに、手足をしばられて、ころがっているよ。そうして、ぼくが入れかわったのさ。ヘリコプターの操縦ぐらい、ぼくだってこころえているからね。さあ、そのカツラを、とるんだっ。」
パッと明智の左手がのびて、となりにこしかけていた怪老人のカツラと、つけヒゲが、むしりとられ、その下から、わかわかしい顔があらわれました。四十の顔をもつという男ですから、どれがほんとうの顔かわかりませんが、それは四十面相のひとつに、ちがいなかったのです。
正体をあばかれた四十面相は、そうなると、もう、ずぶとく落ちついて、笑いだしさえしました。
「ウフフフ……、こいつは、おどろいた。さすがは名探偵だねえ。だが、どっちが勝ったかということは、まだわからないぜ。ところで、きみはヘリコプターを操縦している。ハンドルから手をはなしたらきみもおれも、おだぶつだ。それにひきかえ、おれのほうは、両手が自由なんだからね。どうやら、こっちに、勝ちめがありそうだぜ。ほら、これだ。」
四十面相は笑いながら、ポケットから、ピストルをとりだして、明智のわきばらにさしつけました。
「ハハハ……、とうとう、とび道具とおいでなすったね。きみは人殺しは、ぜったいにしないと、いばっていたじゃないか。だから、きみはピストルはうてないのだ。うっても、たまのほうで、えんりょしてとび出さないのだ。ハハハ……、よくそのピストルをしらべてごらん。たまがはいっているかね。」
四十面相は、それをきくと、ハッとして青くなりました。そして、いそいでピストルをしらべましたが、どうしたわけか、たまは一発も、はいっていないことがわかりました。
「ハハハ……、どうだね。ぼくは、けさ早くきみのもうひとりの部下にばけて、仏像の体内へ、はいっていった。そして、『にじの宝冠』を、にせものと、とりかえたんだが、そのまえに、きみと話しているあいだに、きみのポケットから、そっとピストルをぬきとって、たまをすっかりとりだしてしまった。きみは、そのからっぽのピストルを、いままで、だいじそうに、持っていたのだよ。ハハハ……。」
それをきくと、四十面相はくやしそうに、はがみをして、ピストルを、足もとへたたきつけました。
「こんどは、ぼくのばんだよ。さあ、しずかにしたまえ。」
明智が、ピストルをとり出して、ぎゃくに、四十面相につきつけるのでした。
すると、そのとき、ふたりのうしろに、おいてあった、カーキ色のきれでつつんだものが、ムクムクと動きだして、なかから、かわいらしい少年の顔が、あらわれました。四十面相は、なにか機械がつつんであるのだろうと、気にもとめなかったのですが、じつは、そこに小林少年がかくれていたのです。
小林少年は、かぶっていたきれをはねのけると、用意していたはりがねを、大きなわにして、パッと四十面相の頭の上からかぶせ、それをぐっとひきしめて、両手を動かせないようにしてしまいました。
四十面相は、すっかり、ゆだんしていたので、この、うしろからの攻撃には、なんの手むかいもできず、まんまと、両手をしばられてしまいました。小林少年は、リスのように、すばしっこく働いて、つぎつぎと、はりがねをとり出し、あっというまに、四十面相の両ほうの足くびをしばり、ひざをしばり、まったく、身うごきができないようにしてしまいました。
これが怪人四十面相のさいごでした。あとは、かれを警察にひきわたせばよいのです。
ヘリコプターは、にわかに、方向をかえて、東京のまちにむかいました。そして、四十分もたたないうちに品川駅が、目の下に見えてきました。それから、新橋駅、東京駅、日比谷公園、警視庁。
ヘリコプターは、警視庁の上空を、グルグルと、せんかいしながら、だんだん高度をひくめていきました。警視庁の屋上や中庭に、たくさんの警官が出て、ヘリコプターを見あげています。「四十面相をたいほした。このヘリコプターは、警視庁の中庭に着陸する。明智小五郎」と書いた紙を、プラスチックの筒に入れて、なげおろしたからです。
ヘリコプターは、いくども、せんかいをつづけたあとで、しずかに、中庭に着陸しました。それを見ると、何十人という警官が、四方からかけよって、ヘリコプターを、とりかこみました。
怪人四十面相が、ぶじに、警官の手にひきわたされたことは、いうまでもありません。そして、あくる日の新聞に、明智探偵と小林少年の写真が、大きくのって、そのてがらばなしが、書きたてられたことも、これまでのいろいろな事件の時と同じでした。