屋上の怪獣
いきなり、恐ろしいもの音がしたかとおもうと、三人の警官が立ちあがり、ひとりの警官が、あおむけに倒れていました。そして、風のように、部屋のそとへ、とびだして、いったものがあります。
みんなが、床下に立っている小林少年に、気をとられていたのが、いけなかったのです。そのゆだんを見すまして、助造じいさんが、警官をつきとばして、おそろしいすばやさで、逃げだしてしまったのです。
警官たちは、あっけにとられて立ちすくんでいましたが、たちまち、気をとりなおして、じいさんを追っかけます。小林少年も、豹の宝物を園田さんに手わたすと、そのまま、警官たちのあとにつづきました。
助造じいさんは、まっ暗な庭へ、とびだしていました。大きな木の立ちならんだ広い庭です。警官たちは懐中電灯を、ふりてらして走りました。小林君も、そのさきに立って追っかけます。
じいさんは、老人とも思われぬはやさで走っています。パッパッと、太い木の幹から、木の幹へと、身をかくしながら逃げるのです。
庭のすみに、築山があります。じいさんは、その上にかけあがって、山のうしろの木のしげみのなかに、かくれました。そのしげみは、葉と葉が、すきまもなく重なりあっているので、いくら懐中電灯をてらしても、相手のすがたを見ることができません。
しかたがないので、警官たちは、手わけをして、両方から、しげみのなかにわけいって、はさみうちにしようとしましたが、まんなかで、両方の警官が、ぶつかっても、じいさんのすがたは、どこにもないのでした。しげみにかくれたと見せかけて、そのうしろから、どこかへ逃げさったのにちがいありません。
それがわかると、小林少年は、ふと、あることを思いついて、いちもくさんに、西洋館の建物のなかにかけこみました。そして、廊下づたいに、助造じいさんの部屋へいそいだのです。
じいさんの部屋の板戸は、ぴったりしまっていました。しかし、その前に立って耳をすましますと、部屋の中で、ごそごそと、ものの動く音が、聞こえてくるのです。じいさんは、なにかだいじなものを、部屋へ取りにもどったのかもしれません。
むろん、それを持って逃げだすつもりでしょう。やがて、板戸をひらいて、とびだしてくるかもしれません。そう考えたので、小林君は廊下のまがり角までもどって、そこに身をかくし、そっと、ようすをうかがっていました。
しばらくすると、スーッと板戸がひらきました。そして、その中から出てきたのは……。
廊下のうす暗い電灯の光のなかへ、ピカピカ金色に光るものが、パッと、顔を出したのです。燐のように青く光る二つの目、恐ろしい口から、ニューッと出ている白い牙。やがて、たくましい前足を、廊下へ、ふみだしました。黄金豹です。じいさんの部屋にかくれていたのは……あの怪獣、黄金豹だったのです。
いまは、もう豹のぜんしんが、廊下にあらわれました。そして、ゆうぜんとして、こちらへ歩いてくるのです。うす暗い電灯の下でも、黄金のかがやきは目もくらむばかりです。
小林君は、とっさに、物置らしい部屋のドアをひらいて、その中に身をかくし、ドアを、ほそめにひらいて、豹の通りすぎるのをまちました。
その前を、黄金の怪獣は、スーッと、通りすぎていきました。すぐに、ドアから首を出して見おくりますと、豹は廊下を右のほうへ、まがっていきます。小林君は、足音をしのばせて、そのあとをつけました。
黄金豹は、もう一つ、廊下をまがって、二階への階段をのぼっていきます。西洋館には表と裏に、二つ階段があって、それは、裏のほうの階段なのです。
電灯から遠くて、階段はひどく暗いのですが、豹のからだが光っているので、見うしなうことはありません。怪獣は、階段をかけあがり、二階の廊下を走って、こんどは、三階への階段を、のぼっていきます。
この西洋館は二階だてなのですが、その大屋根の上に、一坪ほどの小部屋が、塔のように、とびだしているのです。三階への階段は、その塔の部屋へのぼるためのものでした。
怪獣は、いったい、なにを考えているのでしょう。塔の部屋へのぼっても、そこがいきどまりですから、もう、逃げみちはなくなってしまいます。なんのために、三階などへのぼっていくのでしょう。
塔の部屋は、たった一坪ほどのせまい場所ですから、小林君が、あがっていけば、すぐに、相手に気づかれてしまいます。それで、階段の中途でとまって、しばらく、ようすをうかがっていましたが、すると、ガタンと、塔の部屋のガラス窓の開く音が聞こえました。
「しまった。あいつ、屋根へ逃げるつもりだったんだな!」
小林君は、いそいで階段の上までのぼり、そこから首を出して、塔の部屋をのぞいて見ました。
その小部屋には、電灯がついていないので、まっ暗ですが、空あかりで、かすかにもののかたちが見えます。あのピカピカ光った黄金豹がいれば、すぐにわかるはずですが、それらしいものは、なにも見えません。そして、窓のガラス戸が開けっぱなしになっていることがわかりました。豹はもう屋根へ出てしまったのです。
小林君は、部屋にあがって、はうようにして、窓のところまでいってみました。
窓のそとには、低いらんかんがあって、その下は、すぐ屋根になっています。赤がわらの急な屋根です。その屋根の中途に金色の大きなものが、うずくまっていました。……黄金豹です。
小林君は、しばらく、ためらっていましたが、ついに、けっしんをして、いきなり、ポケットから、探偵七つ道具の一つの、銀色の呼びこ(ふえ)をとりだすと、おもいきって吹きならしました。警官たちをよびあつめるためです。
黄金豹は、びっくりしたように、こちらに、首をふりむけました。闇のなかに、青い目が、らんらんと光っています。
小林君も負けないで、豹の目をにらみかえしました。少年と怪獣との、息づまるにらみあいです。
ああ、小林君は、いったいどうなるのでしょう? 恐ろしい黄金豹は、いまにも、小林君に、とびかかってくるのではないでしょうか。