金色のにじ
まだ、庭にいた人たちが、小林君の呼びこの音をききつけて、西洋館の下へ、集まってきました。空には満月に近い月が、こうこうと、かがやいています。さっきまで、雲にかくれていた月が、パッと、顔を出したのです。その光で、二階の上の物見台にいる小林君のすがたが、よく見えます。
小林君は下の人たちに、屋根の上を、ゆびさして、そこに豹がいることを、しらせました。それで、下の人たちも、金色に光る豹のすがたに、気づいたものですから、ふたりの若い警官が、いきなり洋館のなかへとびこんで、物見台へと、階段をかけ登ってきました。手にはピストルをにぎっています。
警官たちは、小林君のいるところまでくると、
「よし、ぼくらが、屋根に出て、うち殺してやる。きみは、あぶないから、そこにいたまえ。」
とささやいて、らんかんを乗りこし、屋根の上へ出ていきました。しかし、ひじょうに急な屋根ですから、はうようにして、進むほかはありません。ふたりの警官は、まるで黒いヤモリのように、屋根の上に、はらばいになって、じりじりと、豹のほうへ近よっていきます。
黄金豹は、燐のように光る目で、それをにらみつけました。そして、人間どもをあざけるように、身がるに、ピョイピョイと、とぶようにして、屋根のむねを乗りこし、むこうがわへ、かくれてしまいました。
警官たちは、いそいで、そのあとを追い、やっと、屋根のむねに、たどりつき、そこに馬のりになって、はんたいがわの屋根を見おろしました。
そのときには、小林少年も、物見台から出て、むねづたいに、警官たちのそばまで、きていました。屋根のむねは、三十センチほどの幅で、たいらになっているので、そこをつたうのは、わけがないのです。
三人が、むねにまたがって、見ていますと、黄金豹は、急な屋根を、するすると、すべるように、むこうのはしへ、おりていきます。そして、屋根のはしまでいくと、からだを、グッとちぢめて、パッと、空中にはねあがりました。いきおいをこめて、とんだのです。空中に、金色の大きなかたまりが、キラキラと、虹のようにきらめきました。
「アッ、いけない。あいつ、とびおりて、逃げるんだッ。」
警官のひとりが、叫んだかと思うと、バン……と、はげしい音がしました。ピストルをうったのです。それにつづいて、もうひとりの警官も、ピストルを、うちました。
しかし、二はつとも、あたりません。そのとき、豹は、西洋館の下のコンクリート塀にとびついていました。そして、アッとおもうまに、その塀の頂上から、そとへとびおりて、すがたをかくしてしまいました。それが、ひじょうに、すばやくて、もうピストルを、うつひまもなかったのです。
「おうい、塀のそとへ、逃げたぞう。こっちがわだ。みんなこっちがわの、塀のそとへ、まわってくれ……。」
警官が、両手をメガホンのように口の前にあてて、下の人たちにどなりました。下の庭には、三人の警官と、園田さんの書生や、会社の人などが、大ぜいいましたので、「それッ。」というと、裏門からかけだしていきました。そして、豹がとびおりた場所を、さがしまわったのですが、あの金色の怪物は、もう、どこにもいませんでした。またしても、魔法をつかって、消えうせてしまったのでしょうか。いや、消えたのではありません。それから、すこしたって、黄金豹は、ふしぎな場所に、すがたをあらわしました。
園田さんのやしきから、五、六百メートルはなれた町に、一けんの大きなお湯やがありました。そこに、高い煙突がそびえているのですが、その煙突の鉄ばしごを、金色の怪物がよじ登っているのです。しかし、夜ふけのことですから、まだ、それに、気がつきません。
町の電灯が、一つ一つ、消えていくにしたがって、月の光は、いよいよ、そのかがやきをまし、家々の屋根は、雪でもふったように白く光っています。その白い屋根を目の下に見て、黄金豹は、煙突のはしごを、いちだん、いちだん、ゆうゆうとして、登っていくのです。
その近くの、一けんのうちの二階の窓から、ひとりの少女が、のぞいていました。この少女は、夜なかに目をさまして、あまり月が明るいので、カーテンをひらいて、ガラス窓のそとをながめたのです。
すると、すぐむこうのお湯やの煙突を、金色の大きなものが、登っているのが目につきました。それは、じつにふしぎなけしきでした。まっ白な月の光のなかを、金色の動物が、高い煙突へ、よじ登っているのです。少女は、「夢を見ているのかしら。」と思いました。
しかし、夢ではありません。たしかに、じぶんはおきているのです。たしかに、金色の動物が、煙突を登っているのです。
少女はそのとき、ふと、新聞に出ていた『黄金豹』のことを思いだしました。
「アッ、もしかしたら、あれが黄金豹かもしれない。」
少女は、まっ青になって、窓ぎわをはなれ部屋をとびだすと、階段をかけおりました。
下の茶の間にはおとうさんと、おかあさんが、まだ、おきていました。
「たいへんよ!」
あわただしい足音に、おとうさんも、おかあさんも、びっくりして、こちらを見ました。
「どうしたんだ。まっ青な顔をして。」
「黄金豹よ。」
「エッ、黄金豹だって? なにをいってるんだ。夢でも見たんじゃないか。」
「そうじゃないわ。お湯やの煙突を登っているの。きてごらんなさい。二階の窓から見えるから。」
おとうさんは、「そんなばかなことが。」といわぬばかりに、しぶしぶ立って、二階へあがりましたが、ガラス窓から、ひと目、外をのぞくと、「アッ。」といって、立ちすくんでしまいました。
黄金豹は、もう、煙突の頂上近くまで登っていたのです。金色のからだに、黒いはんてんがあります。たしかに黄金の豹です。おとうさんは下にかけおりて、電話口にとびつきました。そして、近くの警察へ、このことをしらせたのです。警察からは、すぐに、数名の警官が、お湯やへかけつけてきました。いっぽう、警察から園田さんの家へ電話をかけたので、まだそこにいた五人の警官や、小林少年や、書生などが、いそいで、お湯やへやってきました。