胎内くぐり
むかしは、山の岩あなの中を通るのを、「胎内くぐり」といいました。また、大仏のからだの中にはいって、そこにまつってある小さな仏さまをおがむのも、「胎内くぐり」でした。小林君たち三人の少年は、これから、巨人の胎内くぐりをはじめるのです。
巨人の口に吸いこまれた三少年は、あの恐ろしい歯で、ガリガリとかみくだかれるのではないかと、生きたここちもなかったのですが、なぜか、巨人は、少年たちをかみもしないで、そのまま飲みこんでしまいました。
ふとんをいく枚もあわせたような巨大な舌が、うねうねと動いて、三人をのどのほうへ、はこんだのです。ゴックリと、飲みこまれたとおもうと、そこはもう巨人の食道でした。やっと、はって通れるほどのくだになったトンネルです。
ふしぎなことに、その食道の壁は、ビニールのように、すきとおったものでできていました。ですから三人は、そのトンネルを、おくのほうへ、はい進みながら、外のようすが、よく見えるのです。
読者諸君は、学校で、人体模型を見たことがあるでしょう。あの模型の外がわをとりはずすと、たべものの通る食道や、息のかよう気管や、肺臓や、心臓や、胃や、腸が、ほんものとそっくりの色をぬって、ちゃんとこしらえてあります。あれです。巨人のからだの中は、あれを千倍も大きくしたようなものでした。
三人の少年は、巨人の食道を通りながら、その壁が、ビニールのように、すきとおっているので、巨人の心臓や肺臓を、ながめることができたのです。肺臓は、ブツブツあわだったような、ネズミ色のものでした。それが、頭の上いっぱいに、雲のようにひろがって、巨人が息をするたびに、ひろがったり、ちぢんだりしているのです。それにつれて三人が通っている食道のトンネルが、うねうねと動きます。まるで船にのって、大きな波にゆられているような気持です。
それよりも恐ろしいのは心臓でした。雲のようにひろがった肺臓も、やっぱり、すきとおっているので、心臓の形が、ぜんぶ見えるのですが、それは、浅草の観音さまのお堂にさがっている大ちょうちんを、いくつも集めたような、ギョッとするほど、でっかい、まっかなものでした。
それが、ドドン、ドドンと、ふくれたりちぢまったりすると、太い血管が、波うつように動いて、まっかな血がドクドクと流れていくのが、ずっと向こうのほうまで見えるのです。
太い血管から、中ぐらいの血管が、枝のようにわかれ、それがまた、かぞえきれないほどの、細い血管にわかれて、そのへんいったいを、はいまわっています。それらの血管も、プラスチックのようにすきとおっているので、まっかな川のように、血の流れていくのが、よく見えるのです。
小林君は、いつか、足尾銅山を見学したことがあります。小さな部屋ほどもある、いれものの中に、まっかにとけたドロドロの銅が、いっぱいはいっていて、それが、機械の力でかたむけられると、まっかな銅が、黄色い煙をたてて、滝のように流れるのを見て、びっくりしたことがあります。巨人の心臓が血をおくりだすありさまは、ちょうど、あのはげしく恐ろしい光景と、そっくりでした。
三人は、あまりのことに、こわさもわすれてしまって、夢でも見ているような気持でいましたが、そのとき、またもや、ギョッとするようなことが、おこりました。
三人のうしろから、ダーッと水が流れてきたのです。川のように、おびただしい水が、恐ろしいいきおいで流れてきたのです。巨人が水を飲んだのかもしれません。そして、その水が食道へ流れこんできたのかもしれません。
三人の少年は、はげしい水の流れに、足をとられて、ころがってしまいました。ころがったまま、グングン、奥のほうへ流されていくのです。
食道の奥には、巨人の胃ぶくろがあるにきまっています。三人は、その胃ぶくろのほうへ、おし流されているのです。
たべたものが、胃ぶくろにはいれば、胃液のために、とかされてしまうのです。少年たちは、学校でおそわって、そのことをよく知っていました。じぶんたちも、いまに巨人の胃ぶくろにはいって、にがい胃液につかって、からだがとけてしまうのかとおもうと、もう、気が気ではありません。
なんとかして、水の流れにさからって、のどのほうへ出ようともがきましたが、なんのかいもありません。ただ、奥へ奥へと流されていくばかりです。
そして、あっとおもうまに、いままで明るかったあたりが、とつぜん、まっ暗になり、水の流れといっしょに、深い穴の中へおちこんでしまいました。
そこが巨人の胃ぶくろなのでしょう。胃ぶくろは、すきとおっていないので、中はまっ暗です。流れおちて、もがきながら、立ちあがってみますと、水はひざまでもなく、もうおし流される心配もないようです。三人は、たがいにさぐりよって、ひとかたまりになり、やみのなかで、ひしと、だきあっていました。
でも、いまにも、にがい胃液が、どっと流れだしてきて、とかされてしまうのではないかとおもうと、生きたここちもないのです。
そのとき、やみの中に、パチャ、パチャと水の音がしました。だれかが、水の中を歩いているようすです。ではここには、三人の少年のほかに、まだ何者かがいるのでしょうか。
巨人の胃ぶくろには、えたいのしれない虫のようなものが、住んでいるのではないでしょうか。虫といっても、巨人の胎内のことですから、けだもののように大きな虫かもしれません。それが、水音をたてて、だんだんこちらへ近づいてきます。まっ暗でなにも見えませんが、けっして小さなやつではないようです。
「ウフフフフ……。」
そのものが、みょうな声で笑いました。
「どうだね、胎内くぐりは、おもしろかったかね。」
それは人間のことばでした。すると、ここには、虫ではなくて、人間が住んでいるのでしょうか。
「ウフフフ……、すっかりおびえているね。むりはない。魔法の国の王さまが、あんまり、とほうもないことを考えだすのでね。ここは胃ぶくろだが、きみたちを、とかすわけじゃない。また、胃ぶくろのあとに、長い腸がつづいているわけでもない。ここが胎内くぐりの終点だよ。
わかったかね。みんなつくりものさ。これは、とほうもなく大きな人形にすぎないのだよ。巨人の目や口や心臓や肺臓が動くのは、機械じかけなのだ。息を吸うようにみえるのは、大きな扇風機の風だよ。」
少年たちも、うすうす、それに気づいていたのですから、そう説明されると、すっかり、わけがわかりましたが、しかし、まっ暗やみで、あいての姿が、すこしも見えないので、まだまだ、ゆだんはできません。
「きみは、いったいだれです。ぼくたちをこれから、どうしようというのです。」
小林少年が、目に見えぬあいてを、にらみつけました。
「おれかね、おれはこの魔法の国の人民だよ。きみたちを、これから、この国の王さまのところへ案内しようというのさ。」
「王さまだって? いったい、それは、どこにいるんです?」
「ご殿にいるよ。魔法博士という、えらい人さ。」
「それは、黄金怪人のことじゃありませんか?」
「うん、よく知っているね。王さまは黄金のよろいをきているよ。そして、魔法つかいだからね、黄金怪人にちがいない。」
目に見えないやつは、そんなことをいいながら、だんだん、向こうのほうへ歩いていきましたが、やがて、カタンと音がして、胃ぶくろの向こうの壁に、四角な穴があきました。そこにドアがあるらしく、男がそれをひらいたのです。
外から、うすい光が、さしこんできたので、やっと、あいての姿を見ることができました。そいつは頭から、足のさきまで、まっ黒なやつでした。つまり、黒いシャツに、黒いズボン、頭には黒い袋のようなものをかぶって、その目と口のところだけが、くりぬいてあるのです。
ひょっとしたら、さっき、巨人の口へ三少年をおしこんだのも、こいつだったかもしれません。この男の黒い手ぶくろをはめた手が、懐中電灯をうばいとったり、三人をうしろから、おしたりしたのかもしれません。
「さあ、ここからでるんだ。王さまのお部屋は、すぐそこだからね。」
黒覆面の男は、さきにたって、胃ぶくろのドアをでました。
そのドアは、床よりも、すこし高いところにひらいているので、そこから水が流れだすようなことはありません。少年たちは、男のあとについて、ドアをでました。ドアのすぐ外に、三段ほどの階段があり、それをおりて、うす暗いトンネルのようなところを、すこしいきますと、そこにまたドアがあって、覆面の男が、それをひらきました。
すると、そこから、いきなり、パッと、目もくらむような明るい光が、さしてきました。
そこが、この地底の国の王さま、魔法博士の部屋だったのです。
「さあ、こちらへ、はいりなさい。」
三人は、男にしたがって、部屋にはいりました。
その広い部屋は、むかしの仏壇の中のように、キラキラと金色に光りかがやいていました。目がいたくなるほどです。
てんじょうも、壁も、すっかり金色なのです。そこに金色のまるテーブルと、金色のせなかの高い、りっぱないすがあって、そのいすに、見おぼえのある黄金怪人が、ゆったりと、こしかけていたではありませんか。