大魔術
黒人は、やっと笑いやむと、大ダンビラを地上に投げすてて、なにかしゃべりはじめました。
「おれは、とうとう、あのにくい子どもを、バラバラにしてやった。どうだ、すごい腕まえだろう。え、びっくりしたかね。なんだ、そっちの子どもは、ガタガタふるえているじゃないか。いくじのないやつだ。なにもきみを、バラバラにするわけじゃないよ。」
黒人は、そのままだまって、地上にころがっている子どもの首や手足をながめていましたが、そうしているうちに、だんだん、悲しそうな顔になってきました。
「だが、こうしてバラバラになってころがっているのを見ると、なんだか、かわいそうだな。クスン、ああ、おれはとんだことをしてしまった。なんて、むごたらしいことをしたもんだ。クスン、おれは悲しくなってきた。うう、悲しい……。きみたちも、悲しそうな顔をしているね。もっともだ。うう、悲しい……。」
そして、黒人の大きな白い目から、ポロポロと、涙がこぼれてきました。はては、声をだして、ワアワア泣きだしたではありませんか。
さっきまで、こわい顔をしていたやつが、子どものように泣きだしたのですから、なんだか、こっけいです。少年たちは、それを見て、きみがいいと思いました。
「ああ、おれは後悔した。どうしても、この子どもを、もとのとおりに、生きかえらせなければならない。首や手足をつぎ合わせて、もとの姿にするんだ。いいか、おれは、かならず生きかえらせてみせるぞ。」
しかし、バラバラにした手足を、いくらつぎ合わせてみたところで、子どもが生きかえるはずはないのです。だいいち、人間の手や足が、ノリやセメダインで、つなげるものではありません。
「おや、きみたちは、へんな顔をしているね。このバラバラの手足を、つぎ合わせるなんて、できっこないと思っているのだろう。ところがね。魔法の国では、どんなことでも、できないことはないんだよ。え、わからないかね。人間の手足が、ちゃんとつなげるんだ。そして、生きかえらせることができるんだ。うそだと思うなら、ほら、見ているがいい。」
黒人は、そういったかとおもうと、いきなり、そこに落ちていた一本の足をつかんで、ヤッとばかりに、洞窟の向こうのほうへ投げつけました。
赤白だんだらのズボンをはいた足が、スーッと、宙をとんで、洞窟の正面の暗いところへとどきました。すると、ああ、ふしぎ! ふしぎ! その足が、ちょんと、そこへ立ったではありませんか。くつを下にして、まるで人間が立っているように、一本の足だけが、まっすぐに立ったのです。
「ほうら、どうだ。こんどは右の足だぞ。」
黒人は、そう叫んで、もう一本の足を投げつけました。すると、その足も、まえの足とならんで、ちゃんと立ったのです。
「ウフフフ、うまいもんだろう。おつぎは、胴体だ!」
ヤッと投げると、これはどうでしょう。子どもの胴体が二本の足の上に、ちょんとのっかったではありませんか。
それから、同じようにして、両手を投げると、それが胴体の両側の肩のところに、ピッタリくっつきました。
「おしまいは首だよ。さあ、よく見ててごらん。首がくっつけば、もとのからだだ。生きかえるかどうか、そこが問題だよ。」
赤白の運動帽をかぶった少年黒人の首が、大きなまりのように、スーッと、宙をとんで、ああ、うまいっ! 胴体の上に、チョコンと、こちらを向いて、のっかったではありませんか。
「あっ、笑った! 首が笑ったよ。」
ノロちゃんが、とんきょうな声をたてました。
ほんとうです。胴体の上にのっかった子どもの首が、パッチリ目をひらいて、白い歯をだして、ニコニコと笑ったのです。
みんなが、びっくりして、見つめていますと、ふしぎにつながった子どものからだが、ゆらゆらと、動きだしました。あっ、あぶない! そんなに動いたら、またバラバラになるじゃないかと、手に汗をにぎりましたが、子どもはへいきです。ニコニコしながら、いきなり両手をふって、歩きだしたのです。そして、だんだん、こちらへ近づいてくるではありませんか。
「ばんざーい!」
悪者の黒人が、さもうれしそうに、こおどりして叫びました。
「どうだ、おれのいったことは、うそじゃないだろう。あの子は生きかえった。ニコニコして歩いてくる。かわいらしいな。おれは二度と、あんなむごたらしいまねはしないよ。そして、あの子どもと仲よしになるんだ。」
黒人は、こちらもニコニコしながら、両手をひろげて、子どものほうへ、かけよりました。そして、いきなり、小黒人をだきあげると、さも、かわいいというように、ほおずりをするのでした。
「こんなめでたいことはないよ。さあ、お祝いに、みんなで、おどろう。そこにいる三人も、こっちへ来たまえ。みんなでおどるんだ。おどるんだ!」
黒人は、生きかえった子どもの手を取っておどりながら、三少年のほうへやってきました。そして、ひとりずつ、手を取っては洞窟のまん中へ、ひっぱりだすのでした。
そのとき、洞窟の中が、にわかに明るくなりました。電灯の光が強くなったのです。それといっしょに、どこからか、音楽の音が聞こえてきました。うきうきするような楽しい音楽です。
「さあ、おどった、おどった!」
黒人が、さきにたって、手ぶりおもしろく、おどりながら歩きだしました。三人の少年たちも、子どもが生きかえったうれしさに、つい、おどりの仲間にくわわりました。洞窟の中の、ふしぎなフォークダンスです。盆おどりです。ゆかいな音楽に、調子をあわせて、ひらりひらりと、おどったり、はねたり。そうなると、いちばん、はしゃぎまわるのは、ノロちゃんです。ノロちゃんは、目をむいたり、口をまげたりして、おどけたかっこうで、おどりだしました。それにつられて、三人とも、とらわれの身をわすれて、夢中になっておどりつづけるのでした。
「さあ、みんな、つかれただろう。ひとやすみだ。」
黒人が、おどりをやめたので、みんなも、立ちどまりました。
「ところで、きみたち、いまの魔術の種が、わかるかね。え、どうだ、わかるまい。」
黒人は、そういって、みんなの顔を見まわしました。
「ぼく、いってみましょうか。」
小林少年が、つかつかと前にでました。
「さすがは、少年探偵団長だね。わかったかい。それじゃ、いってごらん。」
怪黒人が、こわい顔ににあわない、やさしい声でいいました。
「あれは、インド奇術といって、有名な奇術ですね。世界じゅうで、あの奇術の秘密を知っている人は、だれもないんだって、明智先生に聞いたことがあります。でも、ここでやった、いまの奇術は、やさしいとおもいます。」
「やさしいって? それは、なぜだね。」
「ここは洞窟で、てんじょうがあるんですもの。ほんとうのインド奇術は、原っぱでやるんですよ。原っぱには、てんじょうがないから、なんのしかけもできません。」
「うん、それで?」
「この洞窟のてんじょうは、暗くなっていて、下からはよく見えません。ですから、あの暗いてんじょうに、しかけがあるんです。てんじょうから、板かなんかつりさげて、そこに人がのっていて、投げた縄のはしをつかんで、岩にうちつけてある太い釘に、くくりつけたのでしょう。それで、縄が落ちないで、まっすぐに立ったのです。
その縄を、子どもが登っていきました。それから、おじさんがダンビラを持って登っていきました。そして、子どもをバラバラに、きったように見せかけたのです。
さっき、落ちてきたのは、人形の首や、胴や、手や、足だったのです。てんじょうにいる人が、それを用意しておいて、つぎつぎと投げおろしたのです。
それから、その手や足を、向こうの暗い壁の方へ投げつけると、もとのとおりに、くっついたのは、ブラック=マジックです。ね、そうでしょう?」
「うん、かんしん、かんしん。さすがに、よく見ぬいたね。だが、ブラック=マジックというのはなんだね?」
「洞窟の、向こうの壁が、まっ黒にぬってあるか、黒いきれが、はりつけてあるのです。そして、電灯は、みな、ぼくたちのほうを向いていて、あの黒い壁には、すこしも、光があたらないようにしてあります。
ひとりの子どもが、まっ黒なきれで、全身をつつんで、そこに立っていますが、こちらからは、すこしも見えません。黒い壁の前に、まっ黒なものが立っていて、そこへ、光があたらないのですからね。
おじさんが、足を投げつけると、その子どもが、足にはいていた黒い袋のようなきれを、ぱっとぬぐのです。そして、もうひとり、からだじゅう、まっ黒な助手がいて、投げられた人形の足に、黒いきれをかぶせて、かくしてしまうのです。
こうして、両方の足、両方の手、胴体、首と、投げるたびに、それを、黒いきれでかくして、その瞬間に、立っている子どものほうは、手や、胴体や、首にかぶせてあった黒いきれを、ひとつひとつ、とっていくのです。そうすると、投げられた手や、胴体や、首が、つぎつぎと、くっついていくように見えるのです。そして、その子どもは、ニコニコして、ぼくたちのほうへ歩いてきましたが、むろんさいしょ、縄を登っていった子どもではありません。
さいしょの子どもは、まだ、てんじょうからさがっている板の上に、かくれているでしょう。つまり、よくにた子どもがふたりいて、ひとりは、縄を登り、ひとりは、向こうの黒い壁の前に、黒いきれで、からだをつつんで、立っていたというわけですよ。
ブラック=マジックなんて、だれでもしっている手品です。でも、ここが、ものすごい洞窟の中ですから、手品とは思えません。ほんとうに、そういうふしぎが、おこったように見えたのです。」
小林少年は、すらすらと、大魔術の秘密を、ときあかしてしまいました。
「えらいっ! やっぱり、きみは、少年名探偵だよ。よし、それじゃ、もうひとつ、この魔法の国の大魔術を、きみたちに見せてやろう。こんどは、もうすこし恐ろしい魔術だ。びっくりして、泣きださないように用心するがいいぜ。」
怪黒人は、三人を手まねきしながら、洞窟の出入り口の、まっ暗なトンネルの中へ、はいっていくのでした。